みそか
イタリアのサッカーチーム「ミラン」が、日本で開催された
大会で優勝したということで、私の乗ったチューリッヒ行き飛行機
はミランの追っかけでいっぱいだった。
中年の男性が大半を占めるそのグループは多少ガラが悪く、
大声で歌うは、数人で立って歩き回るは、おやつ用のお菓子を
わしづかみで持っていくは、行儀がいいとは言えない。
帰りの飛行機に乗ってすぐにイタリアの
空気を感じさせてくれたといったら、聞こえはいいか。
チューリッヒからミラノへ乗り換えて、そこからまた彼らが歌う
手拍子付き応援歌?が長かった。
滞在許可証が切れる一日前ぎりぎりで入国し
何か聞かれるんじゃないかと心配している私に、制服の入国審査員が、
「イタリアに住んでるの?」
「はい。」
「どこ?」
「・・ピエモンテ。」(やっぱり何か言われるんだ!とどきどきしている)
「ふむ。・・ところで、イタリア人はマナーを守って行儀がいい?」
「(変な質問だ)・・・飛行機の上ではぜんぜん。」
すると、背中合わせに座っている同僚に向って
「ほらやっぱり!」
——追っかけの人たちが機上でどんな風だったか、
というのが彼らの話題だったらしい。
一年に一回ほどしか帰らないから今までそんなに何度も往復したわけではないが、
それでもスーツケースの準備の仕方や、20キロの重量制限にひっかからないように
荷物をあきらめる術、
前もって船便を送り出す段取りなどさすがに上達したと思う。
11月ブラから飛ぶ時はスーツケースごと青果市場まで持って行って
あらかじめ何キロあるか計ってあったし、出発前日なのに時間にも余裕があって
教会の夕方のミサにまで顔を出した。(たまたまディーノのお父さんの命日が
近かった。)
それにしては、日本に着いてからもこちらに着いてからも、
どうもすぐに適応できているような、できていないような
中途半端な状態が数日続く。
1年を経ず11ヶ月ぶりに帰った今回は、JRのスイカにもすぐ慣れたし、
東京の地下鉄路線図もだいたい思い出せたし、
やっぱり長年育っただけはあると思っていたのだが、
やはり最初のうちは、台所の棚の玄米茶の置き場所が頭ではわかっていても、
すっと手が伸びなかい。受話器の向こうのオペレーターの丁寧な話し方に
慣れない。もしくは主語の欠けたあいまいな話し方にいらつく。
逆にこちらに帰ってくると、自分の台所でどうやってお茶を入れていたのか、
茶こしはいつもどこに置いていたかなどを忘れている。
道で近所の人とよもやま話をすると、ひどく時間の無駄のような気がする。
パスタを作ってもなんだか勢いが足りなくて、気の抜けた味になる。
どちらの地に着いても、しばらくは、
新調した服を着る着心地の悪さのような、がさごそした気分がする。
たぶん以前は、移動直後にどんどんと予定を入れて
空港から都内へ直行したりするのも体力で乗り切っていたから、
そんな居心地の悪さを味わう暇もなかっただろう。
ただ、どうやらそれよりは、
今4年が経って一方の生活が根強くなればなるだけ、
そこから自分をひっぱがした時の
ショックが強いのではないか、とブラに帰ってきてから
ーーまだどことなく混乱している頭でーー結論づけた。
夏から秋にかけて自分のことで精一杯だった私は、ずいぶんと
ブラの友達づきあいを犠牲にした。
「犠牲にした」なんて本人は本当は思っていないのだが、
周囲の数人は「犠牲にされた」と感じたらしく、
なぜいっしょに時間を過ごせないのか、
なぜ今までのように明るい顔をしていないのか、
なぜご飯を食べにこないのか・・等々
私が日本へ出発する直前から不満が聞こえ始めた。
ひとりひとりやることがある時はそれをやるのがいいのではないか、
と思う私にとっては寝耳に水だったが、私の側でも反省すべきことは
あるのかもしれない、実際怖い顔もしていたかもしれない、など
自分の考えをまとめるのに、ここ2ヶ月たいそうエネルギーを使った。
それは「イタリア人だから」とか「日本人だから」意見が違う、
ということではなさそうだった。
ここでもそれぞれの人がそれぞれの距離感を持っているし、
私のブラの友達の中には、別に長く会わなくても
変わりなく友達のままという人ももちろんいる。
それはきっと、「あなた」の人生と「わたし」の人生をごっちゃにすることで、
そこに友情とか愛情とかいう言葉でおくるみをかぶせているだけだ、
と私は思う。
抗議主たちひとりひとりになぜそのように思ったのか聞き、
私がどのように思うのかーーまたひとりひとりへ
違った言葉でーー手紙や対面で伝えようとすることは、
私という人間をよりノミでくっきりと削っていくような、
重みのある作業だった。
おかげさまで、自分がもっとはっきりしたとも言えるけど、
その分だけ相手との境界線がくっきりとして、
どうも寂しさが増したように思う。
厳しいことを言って、「相手に」ノミをふるった、か。
それはすれすれのところで方向を変え、「相手に」向かって、
相手を「削って」しまう。
でもやはり、私は自分へ向ってノミをふったのだと、
今思えば、確認できる。
クリスマスや大晦日は、そんなテーマを詰め込んだ頭とは関係なく、
「みんなで過ごすもの」として到来する。
今年もディーノの実家で、彼のお母さんとお姉さん家族と
蒸し鶏肉などを食べて、11歳のシルヴィアにはipod
とカレンダーとお手玉と歴史の本が贈られた。
私の作ったかぶの酢の物と伊達巻きも予想をうわまわって
好評で、盆と正月ならぬクリスマスと正月がいっぺんに(少なくとも食卓上には)
来たようだった。
3年前に「等身大人形バルバラ」
をもらって喜んでいたシルヴィアが、
次の年には任天堂DS、今年はipodだからずいぶん進化したようだが、
本人はやっぱりipodを自分で使いこなせない。
さっき私の所に来て、やっとはじめてバッテリーが充電できた。
日本に住んでいた時、そばなど食べてひとりで過ごすおおみそかが好きだった私は、
新旧の移り変わりをわいわいと過ごすこちらの習慣に、どうもなじめない。
どうしても誰かの家へよばれていったり、友達どうしで集まったり、
または誰かがあそびに来て夜ふかしをしておおみそかが終わる。
ディーノも私と同じく「しみじみ派」なくせに、
今年もやっぱり「いつもなかなか会えない友達がみそかパーティーをするから」
ふたりして夕食によばれていく。
それでもやはり、会う機会があることが、
貴いことなのだろう。
明日はお赤飯を炊いて少し気分を出してみよう。
それでは2008年、さらにもっとよい年でありますように。
脇山美伸
ーーお知らせーー
11月にオンラインテレビ「Ourplanet-TV」より
インタビューを受けました。
Ourplanet-TV
で、Cont Actの中の、羊の群れが川を渡っている静止画をクリックすると、
インタビューが見られます。
和やかな雰囲気にすっかり気を許してしまった私は、
禁句の「この映画作るの大変でした」を言ってしまっている。
大変はずかしいです。
さらにはイタリアの歴史、コムーネ期の世紀をおおはばに間違え、12世紀または13世紀と
言うべきところを16世紀などと言っているので、顔から火を出しつつそれも訂正です。
2008年は、もっと勉強します!
「羊飼いといっしょに」のDVD(45分NTSC)の注文は、
「チーズポケットブック」など食関係の本を編集している
たまご社
が受け付けています。
メール宛先はttt@tamagosha.comです。
その他、東京都西荻窪の本屋 (ほびっと村内)ナワプラサード
同じく西荻窪のカフェ三月の羊
で販売されています。
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ご連絡、ご紹介下さい。
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