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2007年11月09日

もしできなかったら?

夏の暑い盛りにビールを飲みながら、夕ご飯の食卓で
ディーノと私はDVDカバーの話ばかりしていた。

年内にしあげるはずの、「羊飼いといっしょに」のDVDに、
説明を含めたカバーをつけなければいけない。日本語、イタリア語、英語の
3カ国語でそれぞれ別のカバーを作る。

普通のあのプラスチックケースが嫌で、
どうしても紙製のカバーが作りたかった私は、
レストランやカフェで皿の下に敷く「わらの紙」と
呼ばれる紙やら、
花火工場やラミネート工場で使われるクラフトペーパーという
茶色の紙まで、様々な「山風の茶色い紙」を探しまわり、
それにどのように説明を載せるか、中にDVDをどのようにはめこむか、どんな
サイズの・厚さのビニール袋が手に入るか、印刷所はどこがいいのか・・、
ゼロから考え始めた。

「それでもさ、もし何もいいデザインができなかったらどうしよう」
と夏休みに入ったばかりのディーノが、恐る恐る聞く。
できますよ、信じてるんだからと断言して、
逆に「信じてるなんて言われると、もっと心配になる」と彼は言う。

たしかに今回DVDカバーを作る担当になってしまったディーノは
プロのデザイナーでもなく、
写真のコラージュをデジタルでするのが好きというだけだから、よく考えれば
何もいい案が出てこないってこともありえる。
それならそれでまたそこから考えよう、と思った。

羊飼いたちの住む山の写真を撮って、
その輪郭をカバーの中心に組み込むことだけは決まった。
それがディーノは、手持ちの「マイラ谷の山の写真」
などを使いたがり、「(彼らの住む)ジェッソ谷の山の写真じゃないと駄目」
と言ってもなかなかわかってくれない。
たまたまジェッソ谷のいい輪郭を映像の中に見つけたからよかった
ようなものの、そうでなければマイラ谷の山がカバーの中に
組まれるところだった。

より大切な外側のデザインが決まらず、
ああでもこうでもないと毎晩コンピューターの前で議論をする。
ここでも彼は、違う羊飼いの羊の
写真などを使いそうになるから、
誰が見てもわかんないって言っても羊飼いと私にはわかる・・と
何度もくり返す必要があった。

せっかく彼も夏休みなんだしスイスの湖に3日だけ行くことにした
が、このまま「カバーデザイン決まらず」
で出発することになるか・・と思われた。
出発前夜もうすべての案は出尽くして、この羊の顔を入れてもだめ、
あの山羊の群れを入れても駄目、という時
「ご飯食べて心を落ち着けよう」と一時私たちは
コンピュータの前から退散した。

「あの群れの写真、上からペンでなぞってみれば」と台所でディーノが言い、
食べ終わった後に、半信半疑で写真をイラストの線におこしてみると、
なかなか良いではないか。

そこにINSIEME COI PASTORI 「羊飼いといっしょ」に 
の手書きタイトル字を組み込んで、なんとか大枠はできた。

チーズや地域についての説明文をイタリア語でまず書いた私は、
それを元高校の先生のイレーネに直してもらい、コンピューターで打って、
そこにまた透明ビニールをかぶせ、黒ペンでなぞっていく。
そしてそれをスキャンし、組み込んでいく。
コンピューターの文字が並ぶ印刷物、
寒々しいカバーを作りたくないからだとはいえ、
なんともおおがかりなことだった。

逃げるように出発したスイスでは、人口のグリュエール貯水湖で
牛たちの鈴の音が響くのに気持ちがゆるんだ。
雨が降っている夜だけは、からんころんいう音が聞こえてこず、
寝ころがっていても雨かな?とわかる。

小さなギャラリーを
やりながらその2階をベッド&ブレックファストにしているミリアは、
びっこを引いている。交通事故にあった後人生を変えて、
「もちろん大変だったけど、そのおかげで本当に好きな
仕事にめぐりあえたんだから幸運だった」と言っていた。
部屋は屋根裏の、飾りっけもなく簡素なものだったけれど、居心地がよかった。

ブラに戻り、近所の印刷所に注文してあった茶系の紙を確認しにいった。
(やはり紙の持ち込みは難しいと判断して、「わらの紙」やクラフトペーパー
は使わないことにしたのだ。)
顔見知りのおじさんがやっている印刷所で、
まあ話もしなれているし40年の歴史ある印刷所だから、
と8月頭にこの印刷所を選んだのだった。

ところが届いた紙を見ると、これが注文したものと違う。

「ミヌ、”だいたい” いっしょだよ。」
「”だいたい” いっしょでも、違う紙でしょ!」
・・そこから、「だいたいいっしょ」などという印刷工は信じられず、
お互いの健康のためにもその印刷所にはバイバイをしたが、
はてどこの印刷所へ行くべきか。私がまだひとりで運転できないことを
考えると、ブラの中で選ばないと作業が追いにくい。
ブラには小さな印刷所が2つ、中規模の印刷所が2つあり、
市のイベントの刷り物から、工場の製品ラベル、
商店の名刺からポスター、それから地元出版社の本まで、
様々なものが印刷されている。

日数が限られている中できるだけ経験談・情報を集めると、
「サンミケーレ集落にあるC印刷所は他にくらべて少し高い目」だが、
きちんと仕事の指示を出すようにすれば、良い仕事をする、と聞く。

夕方18時もう印刷所が閉まりそうな時間だったけれど、明日まで
待っていることもできずその日のうちにかけつける。
印刷工バルベロ氏がたまたまそこにいて、
カタログを見ながら熱心に紙を選ぶのにつきあってくれた。
紙を注文し、見積もりをもらい、提出ファイルについて確認し、
やっと印刷所が決まった!

思えば、「注文した紙と違う紙が届いてしまった」のは、私たちにとっては
幸運以外の何ものでもない。
あのまま印刷工程へ進んで何か問題が起こっても、
先の段階では印刷所を変えるのは無理だったろう。
紙が注文品と違うのを認めないような人とでは、コミュニケーションも
うまくいくはずがない。
キリスト教徒じゃなくとも、天よありがとうと、十字を切りたくなる思いだった。

9月の21日からブラで始まるチーズのフェスティバルにまにあうよう、
よなよな、今日は「リコッタと、ピエモンテ州について」
今日は「音楽についてと、映画のあらすじ」と
手書きの文章をスキャンしてとりこむ。
きれいにスキャンできない文字の細かいところなどは
フォトショップできれいにしていくのがディーノ氏の仕事で、
ひとつひとつの文字を追うのは大変な作業だったに違いない。
私の方はイタリア語版のDVDのコピーを済ませ、
チーズ祭り中企画した上映場所に、できあがった
イタリア語版のDVDを置くことができた。

夏の終わり、そして秋の始まりのチーズ祭り、
今年は天気にも恵まれて大勢の人が町をうめた。
町の中心ではなかった上映場所までわざわざ来てくれた少数の人たちは、
山で暮らしていたことのある老女性だったり、
オーストラリアの山羊チーズ生産者だったり、子供が学校に行った後に
ひとりで来てくれた母親だったり・・
たぶん、これからはこのように上映をしていけばいいのだ、
という確信が私には持てた。
私の知らない山のバターの作り方、古くなったミルクから
できる子供のおやつの作り方をおばあさんが教えてくれたり、
そばに親がいて色々解説しながら見せれば小学生の子供にも
問題なく理解できるらしいということも、今回初めてわかった。
私にとっては、1000人の通りすがりの人に興味本位で見てもらうより、
本当に見る理由のある少数の人が見てくれて、
その人たちと話すことができる方がうれしかった。

チーズ祭りが終わって、息つく間もなくローマへ行って帰ってきて、すぐに
日本語版と英語版の翻訳と手書き、スキャン作業に入る。

「もし、終わらなかったらどうしよう」
またそんな不安げなことを、ディーノがある晩会社から帰ってくるなり言うから、
「終わらなかったら、日本への出発をのばせばいいんじゃない?」と言うと、
ご飯も食べずに、すぐにコンピューターに向って作業をこなし始める。
確かに手書きのもの、それも彼は日本語が読めないわけだから、
ページに割り付けしていくのは、目がみえないまま進むようで難しいだろう。
もうお米をゆでるお湯もわいてるんですけどという時に、
「ぜんぶ組み終わった!」と晴れ晴れした顔で台所に現れた。やる気になれば、早い。

おととい訪れた州立公園の山の事務所は、秋の色に囲まれていてきれいだった。
刷りあがったDVDカバー3種を届けると、
担当のヴィラーニ氏がしげしげと州立公園のロゴを
見ながら、
こんな風に、日本語の中に我々のロゴを見るのは不思議なかんじがする、と言う。
確かに漢字って、ひとつひとつがデザイン(表意文字)だから、
いっぱいの絵が並んでいるように見える
のかもしれない。アルファベットにくらべても、華々しくて美しい。

この山にとって、何ができるのだろう。しばらく時間があって、村を
歩きながら考えた。
山の集落が持っている問題は根深い。この辺りの山の人たちの「偏屈さ」は
有名で、狭い世界に住むせいか「村の中でお互いに
憎み合ってない人なんてひとりもいないよ」と冗談めかして、
村の薬局のお兄さんも言う。町の人が山に家を持っていて、休暇に行ったけど、
近所の人が親切でなくてもういやで帰って来たなんて言う。
私とて、羊飼いとつきあうのには、時に苦労させられた。

今回帰国中に上映会はしません。DVD制作だけに集中したいため・・
とはいっても提出するものをしてしまえば後は結果待ち、
受け取り、カバーを手で折りDVDをはめこんで袋に入れ、
販売元の出版社に渡すだけなのですが・・まだまだ波瀾万丈です。
日本にいる間、メールアドレスはいつもと同じです。
近辺の方、近辺でない方、どうぞご連絡ください。

それでは、秋のブラより 脇山美伸