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どうしたいってわけ

「救急に行ってみようかなあ・・」
と夜ご飯の支度をしながらディーノ氏に持ちかけたのが6月18日、
山でダニに食われてから20日もたっていた。

今年の夏は暑いような涼しいような、とにかく雨が少なく乾いているせいで
山では”ゼッカ”zecca =ダニに食われる人が多発していると言う。
異常気象となると虫の行動もおかしくなるらしい。

イタリアで公共医者にかかるは
「かかりつけの”一般医”に行く→受付書(レセプト)をもらう→
病院に予約する→何日も待ってようやく医者に見てもらえる」
という長い段取りがいるから、
すぐに見てもらいたい場合はちょっとしたことであっても
救急に行くしか方法がない。
(この”一般医”とは担当医のようなもので、
各個人にひとりの医者が割り当てられる。
一般医が何か治療をすることはほとんどなく、
患者の話を聞いて薬を指示したり
病院の◯◯科へ行くためのレセプトを書いてくれるだけ。)

ダニが左ふとももの裏にひっついているのを発見したのは、
山へ行ってから1週間もたった後で、黒い点のようなものはてっきり
かさぶただと思っていた。どうもこのかさぶたは取れない・・と
思った時にようやく「ダニではないか?」と気づいたのだ。

山に住む犬などを見たことがある人は、彼らにひっついているダニが
血を吸って大きな球になっているのを見たことがあるかもしれない。
人間にダニが着く時も同じように大きくなるらしいが、私のダニは
どうやら死んでしまっていて、血も含まず乾いてた。

「日本人の血では満足できなかったらしいよ。」とブラの人に
冗談を言っているうちはよかったが、いろいろな話を聞くうちに、
ダニをひっぱがす時は体内に彼らの一部が残らないように注意がいるという
ことがわかってきた。

たいていのトラブルは医者にいかずすませてしまう私は、今回も、
炎症で微熱が出たり左足が多少重くてもほおっておいた。
その重い感覚もかなりわずかなのでよくなっているように思っていたし、
私の担当医に一応見せに行った時も、
彼は小さなルーペでふともも裏を見て「大丈夫のようだけどねえ」と言うから
安心していたわけだ。

この私の医者、ピエールジャコモ氏は専門が「心理学」なので、
お話を聞くのは上手だが、「ここが痛いんです」と言っても
「心配しないでも大丈夫だ。」となぐさめてくれるばかりで、
こちらの方から「◯◯科の△検査、やりたいので診断書ぜひ書いて下さい!」と
ねじこまないと行動に移してくれない。

ルーペで太ももの裏を見る時だって、夕方の光でほとんど部屋は薄暗いし、
何を見たんだか・・。

救急に「行ってみる」ことにしたのは、もしこれからもっと重大なことで
救急に行くはめになった時、少しでも様子がわかっている方がいいから、
という気持ちだった。
足の重さが消えないのも心配ではあったけれど、むしろ下見のつもりだった。
ディーノが10年程前指を切った時は縫ってくれるまで
30分以上待たされたというし、
去年道で転んで肋骨にひびを入れたアルマンドも
「ぼくが行った時は“幸いにも”整形外科医が
いた日だったからよかったけど・・」そうでない場合は?
救急と名がつくのに、何時間も待たされる日さえ
あるというから、これは心の準備が必要だ。

熟したバナナが冷蔵庫にあり、今日中になんとかしなければいけなかったので、
ケーキにしてオーブンに入れてゆっくり休憩もして、
夜10時につきそってもらって病院に行く(幸い家に近い。)
閑散とした救急受付には1人の人が待っているだけで、
さすがに夜は待たされることはなさそうだ。
すぐに小さな診察室に通されて、ちょぼひげの生えた
薄緑のスモッグのおじさんがやってきた。

ダニをひっぱがした後に軽く消毒したこと、
その後特に抗生物質など飲まなかったこと、
足が重いことなど話していると、
そのおじさんは診察台に寝転んでいる私の太もも裏をぐいっとさわって、
「この傷口、まだ固みがあるだろう。中で化膿してるか、
中にまだサキッチョが残ってるかだな。
8日間抗生物質飲んで!」と言い放った。

8日間! 抗生物質が大嫌いな私は "オット・ジョルニ!" とリピートして
診察台から体をねじって彼を見ると、
「それが嫌なら今切るか!オー、ケッヴォッファ!」。

ケッヴォッファ!とは正式イタリア語
”ケ・ヴォイ・ファーレ”
(どうしたいってわけ=それ以外は方法がないだろう?)のローマ版、
英語に直訳すれば What do you want?だ。
イタリアでは地域によって口調、しゃべり方がまったく違い、
特にローマ、ナポリの人は北部に移り住んでいてもすぐわかる。
私にとっては彼のローマなまりだけでもわかりにくいのに、
ケッヴォッファ!と「ローマお決まりの言葉」を言われると、
いわゆる北部の人たちの持つ「南部イタリアのいいかげんなイメージ」が
頭にわいて、お笑い映画に出ているわけじゃないんだから
どうにかしてよ・・とがっくりきてしまうのだ。

「この国でね、ちゃんとした医療を受けようと思ったら、
個人の医者に大枚はたいて行かなきゃ駄目なのよ」とは
100ユーロ(一万円以上)払って産婦人科チェックに行くパオラだが、
すべての公共医が不真面目なわけではないとしても、
ちょっとした手術のために何ヶ月も待たされた、
真面目にとりあってくれなかった、等のケースは日常茶飯事だ。

おまけになぜか公共のお医者さんには南部の人が多い。
(それはある人に言わせれば、
南では金さえ払えば医者の試験にパスできるから・・だそうだ。)
たとえその人がすばらしい腕の持ち主であっても、その南部特有の
(みなさんには想像しがたいかもしれないので
典型的アモーレカンターレパスタ大好き風のイタリア男を想像して下さい)
軽い態度で「お嬢さん、またまた何を言って!」と言われたりすると、
(そしてその後に長々と世間話したりするのも珍しくない。)
信頼できない・・という思いが浮かぶのも避けられない。

ケッヴォッファ!のちょびひげ先生に
「切るってどれくらいの大きさ切るんですか?」と
聞いたら、
「これぐらいかね!」と指で丸く大きく円を作った。
3ミリもない傷口を切開するのに
そんなに大きく皮膚を切るわけ!という顔をしたら、
訂正とばかりに鉛筆でやや小さな円を書き直してくれた。

「今日切ってしまいたかったら切ってもいいわけよ。そうする?」
とためすように私を見るが、
内心「この人に切ってもらうのはどうも・・」と心の準備が
つかなかった私は「抗生物質飲みます・・。」とひきさがった。

そこから別の所に詰めている ”夜間担当医”の所まで歩いて行って
抗生物質を買うための処方箋を書いてもらう。
(イタリアでは病院内では薬を出さない。
処方箋をもらって薬局へ行く。)
その夜間医は「このミノチン抗生物質は100か200か? 2種類
あるんだよ・・。どっちか書いてないなあ。」と繰り返すこと10分程、
ぼろぼろの薬辞典をひっぱり出してけん命に見ている。
「救急に電話かけて聞いたらどうですか」と説得して、
やっとミノチン100でオーケーということがわかった。

そこから車に乗って、街中心にある夜間担当薬局まで行く。
もっと具合の悪い人だったらどうするのか、
車がない人は歩いて薬局まで行くのか、心配になる。

後日、すっかり私の一般医ピエールジャコモ氏に信用を失っていた私は、
「ブラでおすすめの一般医」を”検索” し始めた。「街ヤフー」とも
いえるこの検索エンジンは、ひたすら皆に聞いて回ることである。
友達のヴァレは「ハリもやる若い一般医」にかかっていて、有能だと言う。
保険事務所に行って担当を彼に変えようとしたが、
当然のごとく「既に患者がいっぱいで空きなし」。
ヴェスナの一般医はこれまたローマ出身で、
道で会った時に「これこれこうだからレセプト書いて」と言うとその場で
メモ帳にさらさらっと走り書きしてくれる軽さ。
どうせ一般医なんて「病院への通り道」でしかないんだから、
それで彼女は満足だそうだ。
でも私はローマ出身医にはアレルギー気味なので却下。

抗生物質の効果で頭をふらふらさせながら自転車に乗っていると、
サングラスをかけた褐色の肌の人が、あちらも自転車からミノブー!と呼んだ。
移民用イタリア語クラスで同じクラスだったモロッコ人のヤシンだ。
騒動の一部始終を話すと「ぼくの一般医はとてもいいよ、エンジェルだ!」
というから、その足で保険事務所までかけつける。
祈る思いで「ブラ一般医の表」を見ると空きがあったので、
すぐに変更手続きをする。
彼のおばあさんが足にできものができた時、病院がとりあってくれなかったのを
この女性医は心をくだいて何とかとりはからってくれたという。

ヤシンは私が何か必要な時にかぎってふらりと姿を見せて、
「ああ、そういうことなら◯◯オフィスにすぐいくといいよ」とか
「労働組合の△事務所なら大丈夫」と教えてくれる。
たぶんブラのモロッコ系コミュニティーは大きいから、
その中でもかなり情報交換があるのだろう。
正面の歯が一本抜けていて童顔で、憎めない人だ。

私たち日本人にとって、公共の医者とプライヴェートの医者がこれほど
はっきり分かれているシステムは信じがたい。
逆にイタリア人にとっては「どこの医者に行っても3割負担」の日本方式は
想像しづらい。「・・ってことは、全部のお医者さんが
公務員ってこと?」と聞かれたりする。
考えてみれば、評判のいいお医者さんや自分の行きやすい場所で医院を選べるのは
効率がかなりいいし、そうであるからこそお医者さんもヤブならヤブ並み、
腕が絶つならそれなりの客が来るというものだろう。
ここでは公立病院の産婦人科で女の先生がいいなどと思っても
何曜日に女医が来るかさえも決まっていないし、
ましてや予約時に好みの医者を指定するなどできない。
運に天をまかせる気持ちで病院へ行く。

そんな時に、最近頭の傷を縫った男の子にあった。
6月から学校が夏休みに入って、多くの子供がエスターテ・ラガッツィという
「夏の子供教室」のようなものに通う。
任意でお金を払って行くもので、ブラの場合は公サービスと私立が共同して
企画している。勉強のためではなく、
遊んだりバスで遠足に出かけたり工作をしたり、かなり活動的だ。
エスターテ・ラガッツィ中に転んで頭を打った8歳の彼は、
救急で処置をしてもらった。
どの先生だった?と聞くと「ひげが生えてて・・」
コミカルでローマ人で? ・・そうそう。「腕はよかった?」と真面目に聞くと
まあね・・、という顔をしていた。
彼のおでこの上の縫い口は、確かに悪くない。
私も思い切ってあの場で切ってもらえばよかったか・・と思わなくもない。

抗生物質を5日も飲むと吐き気はするし食欲は失せるし、
調子が悪いのがダニのせいなんだか薬のせいなんだかよくわからない。
肝臓がやられるからまるでつわり状態で(経験したことはないが)、
次第にブラの汚れた空気さえも絶えきれなくなってきた。
空気にまで吐き気を催すと町中では居場所がなく、土日は緑を求めて
車で10分程の林の方へ行った。そこには新たなダニがいないことを祈りつつ。

5月末に山へ行ったのはDVD制作のことで羊飼いと話があったからだが、
1時間だけ草原にすわっただけだった。
旦那のアルドがトラクターの故障をスパナで
直しているそばで手短に話している間、または
その後彼らの犬をさわったのがいけなかったのか。
ジーンズの裾からこのダニは、どうやって太もも上まで登っていったのか。

国立公園アルピ・マリッティメを通して助成金をもらうことが決まった時、
なにごとにつけ詩的な表現をするのが好みのディーノ氏は「公園全体の
木や花や風が、
ミヌー(宣伝してくれて)ありがとーありがとーって言うだろう」
と言っていたけれど、
ダニまでお礼にエキスをわけてくれようとは思わなかった。

こんなことでもなければ山の怖さやヘビの危険性など気をつけることもなかっただろうから、
良い経験ではある・・と頭をぼおおっとさせながら横になっていると、
6月の湿気と暑さもあって、子供の頃の夏休みに「何して遊ぼうかなあ・・」と
和室でごろごろしながらうちわをあおいでいた瞬間を思い出した。

ああやって大量の暇な時間を持っていた頃がずいぶん遠くなってしまっていた。
やるべきことは壁にはってもはりつきないし、
三食ふとん付きの子供時代ではないのだから、
各種料金支払い,支払いの催促、メール、映像のビットレートがどうとか
来月の企画がどうとか・・と頭がいっぱいなのは誰にしても普通だろう。
こうやってヤクの力とはいえ頭がトリップすると、
「あ、今何も考えてない・・」と逆にびっくりしてしまう。

この放心状態を貴く思い、
できるだけ週末ぐらいはそのまま自分をほおっておこうと思うのだが、
頭がからっぽとは今さら怖いところもあって、
何時間もぼーっとするのが難しい。
つい本など読んでみたくもなって、いつもなら絶対読む時間を作らないような美術系の本
(それでもエネルギーのいらない簡単なもの)を読むと、
頭が白紙だからすいすいと読めた。

体調が悪いとは確かに心地よくないもので、
吐き気などは特に「なんとかあの普通の状態に戻れないものか・・」と願う。
けれども、それをふと超えてしまうと、
痛さや不快感が鋭い分だけ生の感覚が浮き彫りになるような、
逆にどこかがくっきりと「生きづいている」ようにも思われる。
確かに、私たちにとっての「悪い」「痛い」感覚も、
体内の細胞たちにとっては「活発に戦っている」「懸命に掃除している」
などの言葉に置き換えられるのだろうから、
生が活動的になるというその感覚は、間違ってはいないだろう。

8日間薬を飲んだ後に、救急ひげ先生の指示したとおり外科へ行く。ここで
まだ炎症が見られるようなら切る、ということらしい。
14時の予約へひとりで向いながら、
今日の先生がまた南の人だったらやだなあ・・と気が重くなるが
(ここでは私も完全に人種差別主義者だ)、
この国に住むことに決めたわけだから医療にしろ何にしろ、
すべて受け入れないといけない、と思った。
もしマレーシアに住む人だったらマレーシアの医療を受け入れるしかないし、
ケニアだったらケニアの医療システムで生きるしかない。
だいたいイタリアが先進国だと期待するから悪いわけで・・
と悲哀に腹を決めていると、
入った病院の予約受付カウンターはさっそく大行列で
電光掲示板の呼び出し番号が凍り付いている。
「これってどういう状態ですか?」と隣のおばさんに聞くと、
「こう着状態!」と言ってはっはっはと笑った・・。

この先は、はたして前記のくりかえし、
その日の外科のお医者さんは生粋のピエモンテ男性だったのに、
やっぱり傷口を見て「もうなんにもないよ!大丈夫!」。
診察は3分もかからず「うちの孫だって
今年はダニに食われたんだから」とわけのわからぬ励まし方で帰された。

その後も足の異常感が時々残っていたし、
「切ってもらった方が確実」と助言する街の人も多かったけど、
このように一見状態が良い場合、
何度公共医の所へ戻っても「大丈夫!」で終わるのは明らかだ。
となると、プライヴェート医に大金を払って行くほどのことでもないようだし、
もうあきらめるしかない。

こういうことにも、数を重ねるうちに慣れてくるのだろうか。
電車の遅れなどなら(事故でない限り)
笑ってすませることもできるが、もっと重大な医療ミスだと笑えない。

「イタリアは居心地良く、居心地悪い〜」とあるコメディアンも
最近歌っていたけれど、
20%の付加価値税(消費税のようなもの)、
高い年金、政治の横暴、横柄なクレーム処理など、
在住4年目を過ぎる私も色んな意味で慣れてきた。
慣れてしまうと(この国で生まれ育った人が他国と比較することを
知らずにこれで普通だと思ってしまうように)
肩をすくめるだけで終わってしまいがちだ。

先月末に晴れて自動車免許のオートマ解除試験に合格して、
最近は私も車で町中を走るのに慣れたが、
最初はあってないのごとき歩道を行く人々に対して
暴力をふるっているような気がしたものだ。
それは東京の小道で走ることだって同じだけれど、
この車社会では「信号をできるだけ排除して
円形ロータリーで車の流れを速くする」のが大流行で、
横断歩道でさえ渡るのは注意がいる。(多くの車が止まってくれない。)
それが、子供の頃から親の運転する車の後ろに乗って成長したりすると、
大きくなって車で移動するのもまったく当たり前のことになって、
歩いて5分の所へだって車で行くようになる。

私も徐々に肩をすくめるようになっていくのか、
いちいち怒ってあがいてみたりするのか。
車の運転などやはり必要があってせざるをえないにしても、
少なくとも、肩をすくめるのは嫌いだ。

どうしたいってわけ、ケッヴォファ!と言われた時に、
「それではコレコレカクカクこうしましょう!」と
聡明に言えるようにしなければいけない・・のだろう。
何も方法がないってことは、ないのだから。

ブラは既にやや涼しくなって、夏も終わりだねえなんて言い合う日々。
次回にブラ日記を書く時はめっきり寒くなっているでしょう。
その時までまた・・。

脇山美伸

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コメント

お元気なお姿を拝読、といきたいところですが大変な目に遭いましたね。お見舞いもうしあでます。

 だいたいダニなるものは、若き女性を最も好む生き物です。そして刺す場所といえば、不思議とフトモモの内側ときます。まったく手に負えません。暗いところでルーペで診たけど、「何を見たんだか」には思わず笑ってしまいました(不謹慎、ゴメン)。

 オーストリア旅行で知ったのですが、中欧では草むらのツエッケというダニには注意が必要だそうですネ。ウイルス性の脳炎に感染して死亡に至る事もあるそうで、ウィーンの現地人は予防ワクチンの接種を受けているそうです。そんな事から、「ウィーンの森」をロマンチック散策するのを明らめました。ダニだからと甘く見ないほうがよいですね。一日も早い完治をお祈り申し上げます。

 医療といえば、日本でも大きくゆれています。町の担当医制度の導入案が政府により検討されています。総合病院の混雑を緩和するのが大きな狙いだそうです。しかし、一方では医師の全体数を減らす政策が採られているので都会はまだしも田舎は医者不足が深刻になっています。とくに産科医の不足は社会問題になっています。政府の本音は医療費の圧縮にあるようです。

 年金問題ばかりではなく、こうした医療問題や、格差拡大、正社員の圧縮等、社会の抱える問題が顕在化し、参議院選では自民党が大敗したのかもしれません。

 

原様
こんにちは、コメントどうもありがとうございました。
中欧のダニ、日本の町の担当医制度については知りませんでした。
私も最近は少し山方面へ行くだけで、虫スプレーを
たくさんふりかけていくようになりました。
それでも怖いものです。
本文の中には書きませんでしたが、ここのダニからも「ライム症候群」という病気に感染します。
私は食われてから2週間後に薬局でその話をはじめて聞き、
あなどれない・・と思ったものです。

ちなみに一般医ピエールジャコモ先生はきっと私の太ももさえも
はっきり見なかったのではないかと思われます。
それぐらいぼんやりした人なのです!

参院選挙についてはこちらでも大きく報道がありました。
原発事故に続いて日本がニュースになったここ数週間でした。こちらの報道がかなり
詳しいとはいえ、私はまだまだ
事情がつかめていないので、実家直送の
ニューステープをこれから見るところです。

つけたし情報に、
ポレポレ座という
東京・東中野のドキュメンタリー専門映画館で上映されている、
ダムに沈んでしまった村についての映画です。
水になった村
大垣、長野,名古屋、大阪の上映予定も
ありますので、近くの方はぜひおでかけください。

それでは雷雨のブラより
脇山美伸


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