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折り紙の春

ブラは春のような初夏のようなおかしな天気、
1月の日本帰国からブラへ戻り、冬のようではない冬を過ごすと、
もう4月も終わりだ。

2月のある日、18時半頃外から帰って本をめくっていると、
なんだか嫌な匂いがする。
道路で誰かがタイヤでも燃やしたのか、と思ってたいして気にしなかったが、
ソファから立ち上がっ時、これはおかしいと思って玄関のドアを開けた。

目にしたものは真っ白な煙で、集合住宅の階段向こうにあるおうちのドアも
全く見えない。
一瞬誰かのうちのアイロンから火でも出たかと思い、
とにかく消防車に電話することと、
上に住んでいる2人のおばあさんのこと、自分が逃げることなど
いっきに頭が回転し始めた。

イタリアと日本では110番も119番も番号が違うから、
最初は間違って112番にかけたら警察だった。
115番にかけなおし、住所を半ば叫んで電話を切り、
財布の入っているバッグを持ちベランダに出ると、同じ1階の娘さん、
フランチェスカが泣きそうな顔で道を走っている。

フランチェスカの家の2匹の小型犬が中に残ってしまったのかと思って
フランチェスカー!!!まだ中に誰かいるの!!
と叫んで聞くと、
上のおばあさんたちが!!
と、とりみだしながら彼女は答えた。
(自分の犬のことでなく他人のおばあさんについて
これだけ心配していることに私は一瞬感じ入った。)

私のベランダから上を見るとテレーザおばあさんもベランダに出ていて、
どうやらいいタイミングにお孫さんも来ていたらしい。
「コーメ・ファッチャーモ!!!」
どうしよう!と私たち3人で叫び合い、
3回のリータおばあさんは?リータ!リータ!と
20代のお孫さんが叫んでベランダに呼びだそうとする。
1階の私はすぐ道路へ飛び降りられるけど(1階といっても半1階なので少し高い)
上の彼女たちは残るしかない。

とりあえずディーノに電話しなくちゃ、
と仕事を終えたはずの彼にすぐ電話する。
そこで「テープ!」と気がついて、今まで撮影した何十本ものテープを
全部箱や袋などにまとめてベランダから降ろすことにする。
こんな瞬間に何か爆発でもしたらと、あせりながらもさっさとまとめた。
さすがにコンピューターの、編集データが入っている
外付けハードディスクまでは持って行けない。

家の中まで煙はまだ入ってこないし、火も見えないので
いくぶんかパニックも少ない。ベランダ下に到着したディーノにどんどん
テープ入りの箱やビデオカメラのバッグをリレーして、後は私が柵をとびこえるだけだ。
1階だからせめてもの防犯に竹の覆いを柵にくくりつけてあが、とらなくては。
「はさみ!」とディーノが言うのも聞かず、手で2、3度強くひっぱって無理やりひっぱがしてしまう。
自分がハードボイルド映画の屈強な主人公にでもなったような気分だったが、
防犯と言ってもひもでくっつけてあるだけだからドロボウも簡単なもんだ、と
せっかくの工夫が笑える。

到着した消防隊員が3階のリータおばあさんに
向って「ベランダに出て、ハンカチで口をおおって!」と叫んでいる。
脱出もすませた私はリータがベランダにいるのが見えるし、
そう取り乱している風でもないから
下から手をふって勇気づけるぐらいしかできない。

どうやら地下のカンティーナ(ワインや自転車、
使わないものなど入れておく各家の倉庫)からぼやが出ていることがわかった。
すぐに火が回る心配はないらしく、脱出した私たち住民も
少しは安心する。

集合住宅の前の市民体育館から出てくる人たち、周りの住宅の人たち、
警察に消防隊に新聞記者にてんやわんやの騒ぎだ。
スーツをばりっと着た若い人が皆に握手をしながら挨拶しているから
誰かと思えば、副市長さんらしい。
励ましにくるのはもちろん口実で、次の選挙に向けての
イメージアップ・チャンスを逃さなかったのだ。
どこか喜々としているのがにじみ出ているからさらにたちが悪い。

原因は何か?誰の家の地下倉庫か?何から火が出たのか?
さっぱり何も、誰にもわからない。

2時間後に消火活動が終わって、ベランダをつたって
消防隊がおばあさんたちの階まで登り、
煙のはけた階段を使ってリータもテレーザも降りて来た。
リータおばあさんは全く動揺する様子もない。
全然匂いに気がつかなかったし、何が起こっているんだかも
わからなかった、とにこにこして言う。

それはそれでかえって良かったのかもしれないが、アパートの私たちは
リータおばあさんにどれほどの理解力が残っているか、この一件で思い知らされた。

火事のあった日の夜は化学物質の燃えた匂いで
とても家の中に寝れたものじゃない。
すぐには電気も電話も復興しないし、階段左側の住民たちはトイレ用のパイプが
壊れたせいで、その晩からトイレさえも使えなくなった。
近郊に身寄りのないリータはテレーザおばあさんの息子さんのところに
一緒に泊まりに行き、フランチェスカの家族は駐車場に止めたキャンピングカーで
寝たという。

ひとつだけこの火事さわぎで良かったのは、アパート内の住民どうしで
少し会話が増えたことだ。火事の後数日間は、
消防隊がかきまわした地下倉庫はいつ修理されるのか、
アパートの管理事務所はいつクレームに対応してくるんだ、
など共通の話題がいっぱいあって、
名前も知らなかった4階の奥さんはナポリ出身でマチルダということなど、
新しく知ることもあった。

それでも日を追うごとに、元のようにただのあいさつをかわすだけの関係に戻っていくのが、
新興住宅地帯の性(さが)というのか、火事効果もそう続くものではない。
火事のすぐ後はリータおばあさんをなんとかしなくっちゃ、とほとんどの住民が
思っていたけれど、
かといって誰の元へ送れるわけでもなし、
今まで通り、彼女は電気製のコンロを使って(ガスよりは安全だ)ひとりで生活している。

それにしても、消火が終わった後私のアパート周辺から離れると、
300メートル先の辺りなど、まったくいつもと同じ風に世界がまわっている。
消防隊が叫ぶ声も、警察も野次馬もいないし、煙の匂いも脱出する人たちもいない。
車が普通に走り、信号が動き、歩道をゆっくり歩いている人たちがいる。
非常事態が瞬時にやってきて混乱を生み、そこからまた通常の状態へ戻ると、
なんて平和な、と思う。
戦争とか爆弾、大地震を経験したことのない私は、その落差がいちばん心に残った。

3月、そんな事件のこともすっかり忘れかけたころ、私は中学校の
地理の授業に忙しくなってきた。
去年ちらし寿司を一緒に作ったチンツァノ中学校で、
今年は3年生(14歳)のクラスに
日本について授業することになる。(ブラの隣、小さな田舎町の中学校だ。)

初日3Aクラスに行くと、去年知り合った子たちが大きくなったり
表情が大人っぽかったりするのが、なんだかおかしい。

3年生は地理の授業でアジアについて勉強するから、
知識を深められるものをという学年担当のデリア先生の希望だった。
3回の授業で2時間ずつ、最初に日本語について、次に折り紙、
最後にお茶について説明するというプログラムを立てる。

こちらに来て新鮮だったのは、多くの人に漢字が美しいと言われることだ。
私たちにとってあたり前の漢字ひらがなも、確かにアルファベットにくらべると
ずいぶん絵画的で読めない人にとってはデザインのように見えるらしい。
いれずみを入れたいから自分の名前を日本語で書いてくれとよく言われるし、
東洋人気も手伝ってシャンプーや化粧品のパッケージに漢字が
使われているのも見かける。

表意文字と表音文字の違いから入って、漢字がどういう形から発展していったか、
漢字が中国から日本に入ってきた歴史、その漢字からひらがなが生まれた経緯など話して、
最後にカタカナで自分の名前を書いてもらう。

木、川、山などは少し絵的に崩せばすぐ彼らにもその漢字が
何を意味するか当てられるし、
木が2つ集まって林、3つ集まったら森、森と林が集まって森林、
などわかりやすいところから説明する。
私の名前の意味を説明し、「美しい」っていう抽象的な観念は
どうやって絵にできるか?など考えていく。

デリアの担当する3Aクラスは比較的大人しく、お行儀がよい。
自由に質問もしてくるけど、その内容もまじめだし、
こちらの話に沿ったことを聞いてくる。
それとちがってマリアンジェラ先生の担当する3Bは、
うるさいわ、しゃべるわ、全然内容と関係ないことを
ぽんと聞いてくるので、
話そうと思っていることの4分の1くらい言い損なう。

「君をずっと愛してる」って日本語でなんて言うの?
と質問されて、答えつつも「日本では夫婦、恋人の間で
はっきり愛してるとは・・あんまりいいません。」
と説明をすると(そうではないですか?)、
3Bの男の子がすかさず「でも、態度でわからせるんでしょ。」と言った。
その返答に笑いつつ、「態度でわからないのにお互いわかってるように
錯覚することもあります」なんて説明はとっさにできなかった。

異文化の交流なんて言葉をよく聞くけれど、そんなに簡単なこと
でもないだろう、と毎週準備をしながら改めて思う。
確かに折り紙で鶴を折ったりするのは、異文化を知ることかもしれないけど、
ひっくりかえるくらい全然文化が違うのは、本当は拒否反応が出るくらい
強い経験だし、それこそが「異なる」を知るってことじゃないかと思う。

話し合いの段階でデリアは「なんにせよ、私たちよりミノブは日本を良く知っているんだから
あんまり心配しないで」計画するように励ましてくれたけど、
またそんな簡単なこと言って・・
と私は楽観的になれない。

私の思う日本とA子さんの思う日本は違い、A子さんの思う日本とB男君の思う
日本は違うわけで、日本人の私だから日本を良くわかっているか、っていうとそうでもない。
実際、神道のことなどになると説明しようにもどうもうまく説明できず、
へたに間違ったことを言うよりは「今回は勉強不足ですので」とことわって深入りしないことにする。

カタカナで名前を書いてもらうのは、ずいぶん気に入ったらしく、
配ったカタカナ表を見ながら大騒ぎになった。
ヴィやツィ、チェなどの字がある子供たちは苦労していたけれど、
自分のお母さんの名前まで書きたがる女の子がいる。
後日、ある男の子の布製筆ケースにサインペンでマテオと書きこんであるのを
発見して、
なんだかうれしくなる。

鶴を折るのには1時間弱もかかって、授業の半分がそれで過ぎてしまう。
難しいところになるとひとりひとりミノーブ!ミノーブ!と
助けを呼ぶので私の名前の大合唱みたいだ。
折り方は荒く、はしとはしがきちんと重なっていなくてずれたりするけれど、
思っていたよりは皆できた。
以外なのは先生の方がうまくできなくって、マリアンジェラ先生は
途中であきらめ前に座っていた生徒にやってもらっていたことだ。
牢番みたいに厳しい口調で話す先生なのに、なんだかおかしい。

自分の授業以外にフランス語、英語、音楽、歴史、イタリア文法、文学、とたくさんの
授業を見せてもらったが、折り紙の授業の後はたくさんの子が先生の目を盗んで
鶴や手裏剣(作り方だけコピーしてあげた)を作っているから、後ろから見ている私は
ハラハラした。別に私のせいではないが、原因を与えたようで。
長方形から正方形を作りだす方法(一片を三角に折る)は、
日本の子供だったら当たり前のように知っているけど、どうもチンツァノのみんなは
それを知らないらしい。ノートの一角を定規ではかって正方形を作り、
それにペンで色を塗ったりして折り紙にしている。

折り紙をして楽しかったね、だけでは小学生向きの授業になってしまうので、
子供の昔の遊びから今の子供の生活、私の子供の頃の生活について、
任天堂ゲームボーイ、ポケモン、そこから広がって戦後の日本経済の
成長過程まで話す。

習いごとなどで忙しいイタリアの子もいるけれど、小学生のうちから
毎晩塾に行ったりするような生活は、彼らの生活からかけはなれすぎていて
想像もつかないようだ。
私が小学校6年生の頃毎日夜ご飯のお弁当を持って
塾に行き中学受験に備えてテスト勉強した、なんてのは「はて?」という
反応で、もちろんそんなのは絶対ごめんだ、というのが彼らの感想だった。

授業前に任天堂について調べものをしていると、ポケモン、ゲームボーイの
売り出し戦略は、忙しい子供たちの生活に合わせて学校の休み時間でも、
バスや電車の中でも遊べるように、そして彼らの生活の隙間に
あたかももうひとりの友達・ポケモンが存在しているように」
商品開発することだった、と読んだ。

折り紙や竹とんぼのように、時間と材料、手の技術のいる遊びから、
ポケモンカードやゲームボーイに遊びが変わってきたのは、
技術の発展や子供にかける金額が変わったことだけが原因じゃないだろう。

「忙しい子供の生活に合わせてニンテンドーは解決策を打ち出しました・・」
と説明してそこまではよかったが、「プレイボーイです!」と言った時、
3Bの子供たちのきょとんとした顔、そして、それがにやにやした顔に変わってくると
私も大きな間違いをおかしたことに気がつく。
(ソニーがプレイステーションで任天堂が
ゲームボーイだから、ごちゃごちゃになってしまうのだ。)
中学3年というとクラス内の男女でつきあい始めたりする子もいるし、
プレイボーイがどんな雑誌かってことくらいは皆よく知っている。
マリアンジェラ先生も「おかしいと思った・・」と苦笑、
私は「実際プレイボーイは電車の中でも簡単にページがめくれますね・・!」
としめくくって、先に進んだ。

14歳の彼らはもうポケモンはほとんど卒業していて、
「昔はやったけど!」ともうあんなものはやらねえよな、という風だった。
ゲームボーイもクラスの21人のうち10人は持っているけど、
話を聞いた限り大好き!という印象もない。年齢的にも
新しく出た任天堂DSなどの方に少しずつ興味は移っているようだ。

回を重ねるごとに、イタリア語で2時間話すことの難しさよりも、
どうやって彼らの反応を引き出すのか、という難しさが
身にしみてくる。
話す内容は全て文にして書き出し、ヴェスナかディーノに聞いてもらって
間違いを直してから臨むわけだけど、それを読み上げるって
わけにはいかない。
(講義や座談会で原稿を読まれるぐらいなら
本でも読んだ方がいいと私は思うのだ。)
その場その場で相手がどう反応してくるかはその日にならないとわからないし、
彼らにとってわかりにくければ言い直しが必要だったり、その話から派生して
違う質問が出たりする。

そうやってお互いが反応しあいながら話していくことこそが
大切だとわかっていても、
特に3Aクラスなんかは私の邪魔せずしっかり話を聞いてくれるから、
終わってから「なんかずいぶんうまく話せたな」と思う。
それがかえって良くないのではないかと思うのだ。

私がどう考えるかではなくて、もっと相手がどう考えるのか聞いてみること、
そこから話を展開すること、何か働きかけたらそれにどう答えてくるか
そこにまた自分も反応すること。

そんなことを考え始めるとさらにどつぼにはまり、またさらに悩み始める。
そしてふと思い出したのは、教育、Education エデュケーションって言葉は
「引き出す」っていう語源がある、という話だ。

伊和辞典にはギリシャ語源、ラテン語源の説明がついている単語もあるので
いい機会だから本当かどうか確かめておこう。
EDUCARE 教育する
という動詞を見ると、確かに ラテン語educareはeducere (ex=fuori + ducere=trarre)から、とあり、
「外に引っ張る・導く・抽出する」という意味からきているのだった。

3回目の授業あたりで、ようやく相手の反応を見る余裕もでてきたのかもしれない。
それとも、歴史や文化について用意した言葉で説明するのではなく、
実際にお茶の簡単なお手前を見せて
その動きにどういう意味があるのか、どういう体の作用があるのか、
ひとり子供に前に来てもらって実際にやってもらったりする。
そういう体のやりとりだったからかもしれない。
西洋的に「体がまっすぐ」と、その「体がまっすぐ」では、どういう風に違う?
力を入れてボクシング風にパンチするのと、
力を抜いて体を投げ出すようにパンチするのではどう違う?と、
「子供といっしょに」やっていくと、
それは私にとっても(たぶん彼らにとっても)
あるひとつの体験なのだ。

同じ時期にディーノと議論することがあった。いざとなると口のたつ私は
ある日がんがんと言いたいことだけ言い、お互いの意見がぶつかっただけの結果になった。
後日、私だって相手からこんな反応がほしかったわけじゃなし、と反すうしてみると、
確かに伝える方法はもっと他にあったと思う。
言葉と言葉でハッケヨイノコッタしてるのは意味がなくって、
きっと自分の言葉や態度をきっかけとして相手の何が引き出せるかってことなのだ。

それで、相手の中の何かが動いている時って、
さざ波が伝わってくるようにわかるもので、それが体感としてなければ
きっと言葉を発している意味はほとんどない。

難しいのは、3Aでうまくいったからといったからといって3Bでもうまくいく、
というものでもなく、時と場合と私自身の状態による、完全に「水もの」だってことだ。
お互いのタイミングが合うということでもあって、今回無理だったことは
きっと次回への課題だと思う。

体が大きいジャイアンみたいな男の子がいて、彼はとても
日本に興味があるらしかった。
日本の映画で庭の大きなランプを見たがなんと言うのか?(=灯籠)など、
色んな質問をしてくる。
日本にはラップ音楽ってあるの?と聞かれ、
ああ折り紙とかお茶とか漢字とか、
ついありがちな日本紹介になった面もあった(そうしないようにしようと
気をつけつつ現代詩なども朗読してみたけど)、
もっと今のロックとかラップとか、バイトとかドラッグとか
そういうことも含めなくっちゃいけなかったと反省した。
忌野清志郎のCDだって持っていたのに。
次に向けて、私も研究したい。

ブラの5月はどんな5月になるか、時間の流れが早くとも
瞬間をすべらせずに、と思います。

アノニマスタジオの連載、合わせてご覧ください。
アノニマスタジオ

それではまた次回の書き込みまで

脇山美伸

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コメント

火事騒ぎは大変でしたね。学校での日本の紹介、頑張っておられること、大変嬉しいです。今後ともお身体ご自愛のうえご活躍ください。
昨夜、24日、フエルミエで「ペコリーノ・トスカーノの夕べ」があり、本間さんの進行で楽しく過ごしてきました。

嶋さん
コメントどうもありがとうございます。
昨日イタリア中部のボローニャから
帰ってきたばかりです。
ブラとの物価の違いに
驚きながら、パン屋さんでは恐ろしくて
ひとつしかパンが買えませんでした。
いっときチーズもまた食べられるように
なっていたのですが、湿気が増えるせいか
毎年この時期はチーズを
体が受けつけなくなってしまいます。
本間さんにもどうもよろしくお伝え下さい。
それでは!
脇山美伸

近火お見舞い申上げます。と言うより足元の火事、大変でしたネ。
 
 刻々と迫る煙の中で、冷静沈着に自分のやるべき事を手順良くやりこなしているし、文も淡々と?書かれているので、大した火事ではないように思ってしまいます。

 でも、「300m先の街ではいつもと同じ世界が回っている」と書かれていました。こんな心理状態になるのは火事がそうとう彼女にとりショックだったことを如実に語っている証拠です。

 いちめんでは冷静に事態を見詰めていたのですネ。副市長さんがチャンスとばかりに握手して回っているのをキャッチするなんてさすがです。日本の政治家と変わらないなと、思わずニヤリ!

 授業の風景も想像できて面白く読みました。子供達は日本と変わりませんね。
 
 漢字の由来とか、表意文字の漢字の意味とか、日本から離れたイタリアで、調べるだけでも大変でしょう?良い先生が教壇に立たれて、イタリアの生徒は幸せ!

原さん
こんにちは、こちらはメーデーの休日に合わせ休暇をとる人も多く、
月曜なのに比較的静かなブラです。

火事の時自分が落ち着いていたかどうかはわかりませんが、
実はドアを開けてみる時にじゃがいもをむいていまして、
煙を見た瞬間から台所のことは忘れていました。

脱出を終えてふっと息をついたあたりで、
小なべの火をつけていなかったどうか
(いもを煮るために水をいれていたところまでは
覚えていました)その火はいったい消したのか?
今から中に戻るわけにもいかず、一生懸命思い出したところ、
「やっぱり火は点けてなかった」という結論に達して安心したのでした。

台所から離れるときは一分であっても火を消すべき、
と改めて思ったのでした。

漢字についての調べものは、そうですね、
もっと本を持ってくればよかった、なんて
思いましたが、帰るたびに船便でごそりと
本を送るので、なんとか間に合いました!
小学校の頃の漢字練習帳、絵から漢字が派生する様子が書かれていたものがあり、
それだけは手元になかったのが残念です。

それではまた!
脇山美伸

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