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2006年07月04日

移民の夏

ブラはもう汗かく夏模様。
イタリア北部に限って言えば、7月の方が8月より暑く、
来月になればもう秋めいた風が時々吹いてくる。

それでも来月になってからヴァカンスに行く人が多いのは、昔からの習慣なのか、
ピークを避けて7月に旅立つことができるラッキーな人たちを除き、
8月に2週間ほどお休みをとるのが普通のようだ。

既に6月あたりから人々の間で「ヴァカンスはどこへ行くの?」という話題が増え、
テレビや雑誌はヴァカンスについてくり返し、
折り込み広告もヴァカンス用のサンダルや水着、
クーラーボックスなど夏模様を帯びる。
一緒に旅行する人が見つからない、確かなアイディアが浮かばない、
行きたいが予算が難しい、などの状況を抱える人にとっては、あせりを感じる季節だ。

「こんなに心配のたねになるんだったら、ヴァカンスも意味がないよね」と、
チーズ屋さんのレナータに言うと、
彼女はだんなさんを亡くしているので、ヴァカンスの友を探さなくては
いけないのと、90歳代のご両親がいるので、たとえ彼らが健康とはいえ、
ちょっと海外など出ると心配になってしまうそうだ。

「10年ぐらい前まではね、もっと簡単だったわよ。
近くの海に短期アパート借りて、行って帰ってくるっていうだけでね。」
それが少しずつ、人々がお金を持つようになってから、
飛行機に乗って海を渡るの普通になり、
今では近場のヴァカンスなど時代遅れという感がある。

そういう私とディーノも、8月半ばにベルギーまで車で行くことにした海外組だが、
「ベルギーなんて悲しいところにどうして行くの?」と幾人かに言われた。
ヴァカンスは海!またはエキゾチックな国々、
モロッコ、トルコ、キューバ、インド・・そんなイメージのあるイタリア人にとって、
ベルギーはとってもつまらない場所に感じられるらしい。

確かに、8月後半のベルギーは、もう既に夏を過ぎているだろうし、
曇り空も雨も多いだろう。
それでも、20代の最初にベルギーに行った私と、
これまたイタリア人にしては珍しくベルギー経験者の
ディーノ氏としては、
車で行けて静かに過ごせる場所の第一候補がベルギーだったのだ。

そのベルギーは、10年前私が行った頃ユーロ通貨がまだ導入されていず、
ベルギー・フランが使われていた。
国営サベナ航空も破産前で、成田から直行でブリュッセルまで飛べた。
スターバックスもまだなかった。
今はどうだろう? 

ちょうど先週、リエージュというベルギー南東部の街で、
子供ふたりが暴行・殺害された事件があり、
容疑者としてモロッコ人の男性がつかまった。
この冬は、やはり移民の若者がベルギー人の男の子を殺してしまい、
被害者の両親を先頭に移民対策を要求するデモ行進がブリュッセルであった。
目的は彼の持っていたアイポッドだったという。

私が行った頃も、ちらほらと移民の人たちは眼についた。
初日にバスに乗って、停留所がわからなかった私を助けてくれたのは、
やはりモロッコの人だったし、
小さな雑貨店で買い物をした時「どういたしまして!」というフランス語を
教えてくれたのは、太陽のような明るい笑顔のトルコ人の女の子だった。
それでも移民の存在が目にあまるという印象はなく、問題が生じているという空気もそう感じられなかった。

一度訪れて良い経験をした国を何年後かに再訪するのは、少し決意がいると思う。
きっと変わっているだろうなあ、と予想する。
それが良い方向に変わっていることって、そうあることではないだろう。
バリ島の奥まった村に昔行ったことがあり、
そこも「もう一度行きたいが、行きたくない場所」のひとつだ。

それでも、移民の問題はベルギーに始まったことではない。
イタリアでもおなじみのことだし、私もここでは 、extracomunitari エクストラコミュニタリーー「EU外の国の人」という意で、やや差別的に、それでも日常的によく使われるーー、移民のひとりだ。


5月末に、滞在許可証更新の申請をするためクーネオ警察まで行って来た。
今回の更新は、昨秋に労働ヴィザをとってから始めての更新で、
今までとは勝手が違う。
仕事上の金銭出納がチェックされ、会計士の書類を確認され、
発行した請求書も一部提出する義務がある。
それもこれも、外国人がヤミで働くことを防ぐためで、
そろえる書類は何種類もある。

日本でもだいぶん報道された4月のイタリア総選挙では、右派の首相が左派に負け、
5月からやっと少し民主的な政府になった(はずだ)。
移民に関する法律も緩和に向うのではないかと
在伊外国人はみな期待しただろう。
制度や法律がさっさと変わるイタリアにおいて、
政治家の判断がいかに自分の生活に影響を及ぼすか、
私もはっきりと自覚するようになった。

「外国人」って、自分の国にいる限りは絶対になれない。
それはイタリアに来た最初の頃、ミラノ移民局で指紋押捺をさせられた時に思ったことだ。
インクを手にべったりつけられて、なんだかこれは犯罪者のようだ・・。
日本でもよく報道されている、在日外国人の「指紋押捺」論議にいかに自分がゼロ無関心だったか、
考えた。

イタリアの場合は、県によって更新の提出書類が違ったり、手続きに微妙な差があったり、
この国のすべての制度に共通していることだが、地方差がとっても激しい。
このクーネオ県では、大都市ほど移民の数が集中していないため、
警察での対応や待ち時間もミラノにくらべてましなように感じられる。
それでも12畳程の小さな待合室で3時間立ちっぱなしで待ち、
入りきらない人々は警察署の外まで80メートル強ほど列を連ねる。
雨が降ればみんなで傘をさして待つ。

移民局職員たちは、東欧系や黒い肌のエクストラコミュニタリを
日々イヤという程見ているので、幾分いらいらしている。
窓口のこちらとそちらでけんか腰になることもある。
一枚でも書類が足りなければ、長時間待ったかいもなく、また引き返す。

そんな移民局ですごす時間は、どの移民にとっても楽しい時間ではない。
窓口で呼ばれたら何か言われるだろうか?今回の申請には問題はないだろうか?
もしかして、まったく名前を呼ばれないのでは??なんて不安が伴い、
それ以上に、
椅子もほとんどない待ち合い室にぎゅうぎゅうづめで待っているのは、
どうも「下に置かれてる」感じがする。

日本人であることは、モロッコ人やセネガル人、ルーマニア人、
アルバニア人であることよりかなり有利で、優遇視されているはずだ。
クーネオ警察ではどの国民も一緒に列を作るのでその点まだ平等だが、
トリノ県警察では国籍によって窓口の時間帯が違うと聞く。
事務手続きの効率化が名目とはいえ、やっぱり裏には国ごとに人を見る区別感が働いているのだろう。

それでも、いっしょくたな待合室は、時にはそう悪くもない。
アフリカ系の女性に連れられた赤ちゃんが、にこにこと待合室を
動き回る。他の女性のひざに上ってネックレスをひっぱろうとする。
髪を細い三つ編みにした彼女のお母さん(お姉さんだろうか?)のパスポートには、
コートジボワール、とあった。
一方、頭を覆ったモロッコ人女性と来ている3歳位の男の子は、
待合室の状況とお母さんの真剣な表情とは関係なく、
いないいないばあをして私に遊んでくれといった風。

待ち合い室の中で、違う国出身の移民たちが世間話をすることはほとんどない。
どことなくみんな押し黙っている。
これが外で列を作っていると、屋外の開放感からか
それともまだ何時間も待たなければいけない絶望感からか、言葉をかわすこともある。

ワインのぶどうつみを何年もやっているアルバニアの女性、
昔アルゼンチンに移民したイタリア人の子孫で、
親戚を頼ってイタリアにやって来た人、などなど。

それでも、移民の中には実に信用できない人もいるってことを、
私たち移民たち自身もわかっているので、誰彼となく話していいという雰囲気は絶対にない。


9時過ぎから待ち始め11時半を過ぎ、そろそろ希望もつきて来た頃、
モロッコ人の男の子に気を取られていた私は、自分の名前が呼ばれたのに気がつかなかった。
列を作っている東欧系の顔立ちの男の人が「ミノブ!」と言い、
続けてもうひとりアフリカ系の人が「ミノブ!」と声をあげた。
それでやっと自分の番が来たことがわかった私は、ありがとう!と言って
手続き窓口へ急いだ。
どうして私がミノブだってわかったのかな? 
待合室の中では、連帯感のようなものも時に感じられる。


その日更新手続きが終わっても、一件落着ではない。
「EU外の国民」の急激な増加で、新たに許可証がおりるまで4ヶ月半は待たされる。
その間は「滞在許可証待ち」で、国外に出てもイタリアに再入国できる保証はない。
なんといっても、問題なく新しい許可証が下りるのかどうか・・?不安である。

あのコートジボワールの赤ん坊や、モロッコ人の男の子にとって、
イタリアはどんな国になっていくのかなあ、と思う。
今やイタリアでは外国人の両親を持つ子供が55万人いて、その半分が
イタリアで生まれだ。
このブラも例外ではなく、先週、友人ヴェスナが産婦人科に行ったら、
待合室には6人のアフリカ系の妊婦がいたという。
居合わせたブラの老婦人は苦々しい顔つきだった、とヴェスナは言う・・。


サッカーのワールドカップで、彼女の出身国、
クロアチアも日本に少し知られるようになった。
東のヴェネツィアを越えればすぐ隣、
イタリア人にとってクロアチアの海はヴァカンス地でもある。
イタリアで生まれ育ったヴェスナがクロアチアに帰ることはほとんどないが、
今年はトニーと海辺の親戚のうちへ行くそうだ。
彼女にとっては、「母国に帰る」旅ではなくて「休暇に行く」旅なんだろう。

そのトニーが休暇をとれたのも、ワールドカップで、彼の働く映画館に人が来ないため。
この時期ブラで映画館を訪れる人はほとんどいない。
それはワールドカップのせいだけでなく、夏が近づくにつれ週末海や山へ行く人が増え、
映画を見る雰囲気が全体的になくなってしまうせいもある。


サッカーに特に興味を持ったことはなかったけれど、今回はディーノ氏から前もって
「ワールドカップの間は、時々テレビでサッカー見ます」という宣言があり、
それなら私も便乗します、とイタリア戦だけでなく他の国の試合まで見た。
(時々と言ったくせに、時々ではなくほとんど毎日だった。)

今までのところイタリアは勝ち進み、明日の試合を乗り越えれば決勝戦である。
けれども、3つゴールを入れて勝った先のウクライナ戦を除き、
やっとこさ勝ったというかんじの試合ぶりについて、
ブラで聞かれるサッカー評はそう喜ばしげでない。
「いい試合じゃなかった。」と口々に言う。

もちろんイタリア人だからといって、みんながみんなサッカーが好きなわけではなく、
この騒がしい時期を苦々しく思っている人もいるだろう。
トニーもヴェスナもサッカーを見ないし、たぶんお百姓のクラウディオも見ない。
美容師パオラは、イタリア戦なら話題程度にテレビをつけておく、といったところ。

それでも、昼夜のカフェで大スクリーンに試合を映し出し、老若男女問わず
夢中になっている様子はほほえましくもある。
電気屋のアルマンドは、店内のワイドスクリーン・テレビを3つ並べて、
午後のイタリア戦中は客が来ないのをいいことに、
ビールを買いこんで午後の試合を観戦したそうだ。
アンテナをビル上階からひっぱり、オフィスで試合を見たという銀行員は、
30メートルほどの延長アンテナ線が必要だったらしい。

なぜサッカーがそんなに大切なのか?
それは私にはわからないが、「仕事」とか「人生の目的」ではないものに
これだけ一生懸命になるのも、時には体にいいような気がする。


イタリアチームには「カモラネーズィ」というアルゼンチン出身の選手がいて、
イタリア国籍を取得しワールドカップでプレイしている。(確か彼もイタリア移民の子孫だったと思う。)
黒い長髪をひとつに結わいてすばしっこくパスを回す彼は、決してゴールを決めるような
花形選手ではないが、ーーサッカーに無知な私が見る限りーー
パスがまわらない難しい試合の時でも彼はちゃんとボールにくらいついているのだ。
テレビのCMに出て、モデルと結婚しているようなスター選手たちは、
時にゴールなどしゃきっと決めるけど
それでは背後でちゃんと動いているのは誰か?と言えばカモラネーズィのような選手だと思う。
対アメリカ戦でイタリアが苦労した後も、チームの監督が
「(ベンチ待ちにしておいた)カモラネーズィを
入れるべきだった」と記者会見で言っている。

けれども試合後の選手インタビューで、カモラネーズィは絶対にインタビューされない。
一度だけ見た彼のインタビュー映像は、他のある有名選手についてどう思うか?と
聞かれた彼のコメントだった。

”エクストラコミュニターリ” の被害妄想かもしれないが、
彼がもしイタリア人だったら、いくらゴールを決めた選手ではないとは言え、
幾度かはインタビューされるんじゃないか?と思ってしまう。
それはもちろん、有名選手たちの言葉の方が視聴者に歓迎され、
陰役者のコメントは重要じゃないということなのかもしれない。
彼がアルゼンチン出身である、という事実とはまったく別に。

でもなあ、何かいやなかんじ・・、という毎試合後の私の不満を
共有してくれるのは、決してイタリア生まれのディーノ氏ではない。
彼は「カモラネーズィだって時にはインタビューされてる」と言う。

それでも、日々テレビを見ていて思うのは、実際のイタリア社会の
人種混合具合とは裏腹に、メディアに出てくる人々ほとんどすべてが
イタリア人だということだ。

前回に書いた、中学校での白玉団子授業も無事に終え、
学校側に報酬交渉に呼ばれた。
事務局の女性局長の所へ赴くと、
職員が「あの、中国人の女の子が来てます」ととりつぐ。
中国人じゃなくて日本人です。と静かに訂正するが、
後日また電話した時、同一人物が「中国人の女の子が・・」と
受話器の向こうでとりついでいるのを聞いて、さすがにキレてしまった。

電話に出た局長に「日本人って言ったはずです!」と言うは早いが、
払い主に声を荒げてしまった、と後悔してももう遅し。
もうこの学校とは仕事はできないのでは?と予感する。
(怒って抗議することは、イタリアで決して珍しくない、とは言え。)

公立病院の新生児室を別として、
学校ほどイタリア人と外国人が混ざっている場所はない。
事務局がこんな調子でも、
子供と直に向き合う先生たちは、教室の現実に対処するためにもっと敏感になっているだろう。
白玉の授業の時には、入国したばかりのモロッコ人の男の子がクラスにいて、
彼はアラビア語とフランス語しかわからず、
ほとんど話すこともできない様子だった。
しばらくたってマリア・グラツィア先生と会った時、彼の様子を尋ねると、
「最近、テキストやノートを全く学校に持ってこなくなり、
原因がわからず困っている」と言っていた。

その場合、イタリアでは既に支援策も存在していて、モロッコ人の
メディアトーレ・カルトゥラーレ mediatore culturale
と呼ばれる専門職の人を呼び、(「文化の仲介者」という意味)
彼と彼の家族に母語で面談をしてもらうことができるらしい。

ブラジル人移民の子供たちが多い地域の日本の保育園でも、
様々な困難があると聞く。
でもメディアトーレのような存在は、きっと日本では
まだ生まれていないだろう。

イタリアの子供たちはもう6月初頭から夏休みに入り、
うれしそうに闊歩している中学校の子たちにもよく出会う。
モロッコ人の彼の夏休みは、どんな夏休みだろうか?

なんだか、今回は問題点ばかりを書いたようですが、
私はトマトとすいかを食べて元気にやっております。


お知らせ:
家庭科の授業の様子が「食農教育」(農山漁村文化協会発行)
という雑誌に出ています。
食農教育
小さな書店では置いていないかもしれませんが、
池袋のジュンク堂などに立ち寄る方はどうぞ手にとってみて下さい。

もうひとつ、コスモ石油が出している環境問題情報誌「テール」に、
昨冬私の中古車を「花柄」にしたことについて、
短い記事を書きました。
こちらは販売誌ではないので、
東京近辺の方で、
「インド家庭料理アブウ」に行かれる方はそこで閲覧してみて下さい。
トニーとヴェスナがカラーリング・スプレーで色付けしている姿が見られます。
(アブウ: 新宿区新宿1−23−16−101、月〜金12時〜17時 tel 03-3352-6331)

まだまだお知らせ続きます:
7月12日(水) 21時10分〜
7月30日 (日) 11時30分〜
東京都お茶の水の 「NEONEO座」という映画上映スペースで、
NEOフェスタというドキュメンタリー作品の映画祭があり、
2004年に私が作った「ますさんのかぼちゃ」が上映されます。
私が立ち会えないのは残念ですが、興味のある方はぜひいらしてみて下さい。
インディペンデントと呼ばれる映画製作者たちにとって、
このような場所があることはありがたいことです。

NEONEO座の場所:小川町駅、新御茶ノ水駅、淡路町駅から徒歩1分
千代田区神田小川町2−10−13 お茶の水ビル1階
neoneo坐

100分程の1プログラムにつき入場料が500円、「ますさん〜」
の入っているプログラムはXプログラムです。

地方の方にはまた機会のありますよう・・。

雨が少なく、水不足のイタリア北部です。
梅雨の日本が幾分なつかしい気もします。
ひややっこでも食べて、、どうぞよい7月を!

脇山美伸