ブラのクリスマス
パオラのうちから出て、ひとりで暮らしはじめてから2週間ばかりたったでしょうか。
日差しのよいこの集合住宅の一階からは遠くの山脈が見えて、街の中心部にいたころよりも
だいぶん静かなのだけれども、チェントロ・ストリコ(歴史地区)で ”長屋ぐらし”をしていた時から暮らしぶりはずいぶん変わりました。
何せ、下の階からおーいと呼ぶ人もいないし、ベランダごしにおしゃべりすることもない。前のうちでは1階も2階も3階も、誰かが風邪でもひこうものなら「あそこは風邪ひいたんだって」とすぐにうわさがまわってくるし、「ちょっとじゃがいもかして」と窓をたたく人がいたり、常に誰かと一緒に暮らしているかんじがしていたのです。
それが今では、1階から5階まで、だいたいの住民と階段ですれちがって「こんにちは」と言っても、お互いなんの仕事をしているかとか、どんな精神状態か、とか、この後どこへ行くのか?とか何もわからないし、聞かないし、そう会話が続くというものでもない。
不思議なものです。
でも、「困ったことがあったら呼んでくださいね」というオープンさが保たれているのは、あたり前、常識といったかんじ。。
実際雨戸が壊れて老人会のおじいさんに直しに来てもらった時、
「はしごありません?」と3つか4つのドアは叩いた。結局どこも持っていなかったのだけど。
クリスマスが近くなって、商店の人たちの「やだなあクリスマスだよ。。」という
愚痴が聞かれるようになると、そろそろ来たな、というかんじがします。
日本では商店街であの音楽が流れるとクリスマス、という記憶があるけれども、
そういえば音楽でせかされるかんじはここではしません。
電気屋のアルマンドは、「こんな仕事じゃなかったら12月から年明けにかけて海の果ての島まで逃げたい」とか言っているし、チーズ屋ジョリートさんのところで働くレナータは、だんなを事故で亡くしてからクリスマスは嫌いになった、と。。
いったい誰がクリスマスというものを待ち遠しく思っているのか?
子供たちかしら。
そういえば、アルマンドの息子のフランチェスコは、「今日クリスマスツリーを飾るんだ!」とごねていました。夜19時ごろだったので、もちろんなだめられて、その次の次の日に飾っていたけれども。。
私の部屋にも、その電気屋アルマンドからもらった高さ20センチぐらいの電池式クリスマスツリーがおいてあります。赤いランプがちかちか光ってます。
新しいこの部屋は、すっかりみんなからのもらいもので埋められて、大変節約になりました。
お金がないと、ごはんでもパンでも、テーブルでも椅子でも、ブラにおいては何かと恵んでもらっている私には大変ありがたい話です。
クリスマスでないのに、いつもクリスマスのような気分かもしれない。
おとといはジョリートさんのパパ、ジョリパパのところでお昼ご飯を頂いていて、
ジョリママ、おばあさんの話を食後に聞いていたところ、彼女は目が少し見えなくなっているせいか、時に話に脈絡がぽっとなくなり、突然なぜか「妊娠」の話に。
ーー昔はね、気をつけてないとすぐ子供ができちゃったものよ。
うちだってフィオレンツォ(ジョリートさんの名前)の前に一つ上の息子がいて、あんまりもう欲しくなかったんだけどね。
25日で毎月きっかり生理が来てたから1日か、2日遅れたらすぐ「妊娠したな」ってわかったもんよーー
イタリアでなぜか「高い」と思われるものに、生理用品があるのだけれども、昔はどうしていたのかなあとちょうど考えていた所だったので、失敬、と思いつつ、あのね何を使っていたの?と聞いたら
ーーtela テーラよ、綿でもないし、麻でもなくーーと言うから、日本で言えばたぶん「さらし」みたいなかんじなのだろうか?
洗って、重ねて、熱湯消毒もした、と。
ジョリートさんのおうちは4人兄弟で、一番上が弁護士、次がジョリートさん、その下が妹さん2人で、学校の先生。一番下の妹さんが、私も子供の頃テーラを与えられたのを覚えてるわ、と言ってました。
おじいさん、おばあさんと話すと色々他では聞けないことが聞けるもんです。。
ジョリートさんと私には、地元観光団体からの夏の日本旅行への補助金額がやっと決定し、
近々やっとお金が戻ってくることに。ほっと胸を撫で下ろすとはよく言ったもので、
私もやっとこれで年が越せる。。と文字通り胸をなでおろしました。
きのう市の広報のインタビュー時に知らされたことは、私たちが日本にいる間、
ブラのHPの日本からのヒット数が通常の4倍になっていた、とのこと。
サイトを見に行って下さったみなさん、どうもありがとうございます。
これで私たちの日本行きも、別にスシ食いに行った訳じゃないってことが証明された。
ジョリート氏ともども喜んでいます。
そのジョリートさんは、「ブラのチーズ商・ヌードカレンダー」を彼のアイディアで作り上げて、
そちらの新聞インタビューなどでさらに忙しい毎日。
ヌードと言ってもすっぱだかではないのが残念ですが、十分笑えます。
なんというのか、毎日はずいぶん早く過ぎて行き、あれもこれも終わらせなければいけないことは
山積みなのに、でも終わらなくて、1年はあっという間。
でも急いだってしょうがないし・・。
来年に向けて、違う映画祭への作品を「work in progress」(作成中)で提出してから、今年中に何ができるのかなあ、なんて考えました。
パオラのお母さんが病院に入っていた時に、imporatante e’ quello 大切なのはそのことよ、
と言っていたのが、よく思い出されます。元気であること。自分が自分としてよい状態であること、あたり前だけどそのことをめざすとずいぶんと難しいことだと思う。
クリスマス商戦の中、年末の物入りの中、支払いと家事、雑務の中、どうやったらよい状態でいられるか、ってのが。。
今日の夜はパオラのところにアイロンをかけに行って(アイロンがないため)、そのままそこでパオラが数日前に作った豆のスープと、ゆでたブロッコリーの残り物を食べて、さんざん星占いの話をして、11時に帰宅。夜パオラのところに遊びに行った時はだいたいうちまで車で送ってもらいます。
パオラはおとといベネトンで買ったというボンボン付きの変な帽子をかぶっているし、私は昔日本で友達に作ってもらった耳当てつきの帽子をかぶっていて、なんだかふたりともおかしな人に見えるよねえと・・。
明日からはしばらくミラノに行き、9日ブラ帰。せっかく部屋を借りたのに、毎月ごとに出かけていかなければならないのは、結局私の運命なのかもしれません。
それではみなさん おやすみなさい。最近は出発前にブラ通信を書くことが多くなって
少々せからしいですね。12月は教師も走るというから、イタリア人もイタリアにいる日本人も走るということで。。
脇山みのぶ