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2004年06月29日

追加

さっきの日刊ベリタ「ミステリーサークル」記事、短いので無料です。
せっかくだから見てくださいね。写真も載ってるし。
読者コメントが来て、なかなか興味深いです。
たしかに「戦争ニュース以外のものを」みたいに勘ぐられてもしょうがないかもしれない。
大事なニュースではないのだから。(人為だったらよけいに。)
でもピエモンテでは地方版2枚分使って報道してたんです!

ミステリー・サークルについて知っていることがある人はご連絡を

脇山

おはようございます

おはようございます。朝4時半です。
日本ではお昼の11時半。
今日は6月29日で、もうすぐ睦月(でしたか)も終わり。
こちらは蒸し暑い日が始まり、夏が来た来た、とみんなさわいでおります。
ついこのあいだまで涼しいような日が続いていたので。。

7月12日からブラのチーズ屋ジョリートさんと日本へ行く計画で、
チーズを輸送したり、街の商工会議所に援助の申請に行ったり、すっかり
ジョリートさんと一緒に行動することの多くなった毎日。
ジョリートさんの妹さんは高校の先生で、先日から夏休みに入っているのですが
きのうチーズ屋さんに向かって「ヴェルディ通り」を歩いていたら
ジョリートのとこに行くんでしょ!この道を歩いている時はいつもジョリートのとこよね、
と笑ってました。
2人の大きな子供がいて高校の英語の先生で、いつもセクシーな格好を
して歩いている人です。昨日はちなみにピンク色のミニスカートでした。

暑くなると女の人たちは「ほとんどヌード」です。私にとっては。。

ぼうすに戻ってからだいぶ元気になった私も、やはり時々は疲れます。
ただ単に少しへまをしただけなのですが、きのうは久しぶりに4時間ばかり落ち込み、
八百屋のおばちゃんから、下の雑貨屋さんのおじいちゃんまで
「そんなことは気にするな」と笑われる次第。
「ふたごの片割れの名前を間違えた」というだけなのですが、
友達なのにそんなこともわからないなんてなあ
と勝手に落ち込んだのでした。

八百屋のレジでふさぎこんでいたら、となりのパン屋の男の子、ダニエレがどうしたの、という顔で立っていて、お母さんに言わないでよ、と口止めしつつ、
何買うの?と聞いたら「あり用の粉」。
パン屋にはアリがいっぱい来るのだろうか。
夏休みに入って、子供たちは自分のおうちの商店の中をうろちょろしたり、
手伝ったりする姿が見られます。

チーズ輸送の問題は思った以上に根深く、チーズが生乳から(殺菌乳からではなく)できていることから「衛生許可証」の問題やら、品物にかかる「関税」の問題やら、
輸入といっても街から街へ、はいどうぞ、と移動するわけじゃない、
ということがよくわかりました。
日本に向けて23キロのチーズを持って行くのに、スーツケースにしのばせていくわけにもいかないし、輸出をしている他の会社さんにお願いして輸送してもらう次第です。

明日は、近くの「ドリアニ」というところで日本食の夕べ会です。
お料理するのは「けいこさん」という日本の女性なのですが、私は色々と
1ヶ月ほどかけてワインバーの女主人と話あったり、あれやこれやとメニューを考えたり、こういうことには思いっきり「話す」エネルギーがいるものだ、といつも思います。
日本の漫画が好きなこのワインバーをやってる女の子は、ジャダといって25歳ぐらいなのですが
古い建物を改築して新しいワインバーを作って、今近辺でとても人気のある場所です。
日本好きで、宮崎駿も見てるし小津安二郎も見てるし、今回は着物を着たいという要望だったので、
なおちゃんにユニクロのゆかたを急きょ送ってもらったのでした。
ユニクロのゆかたがこんなにかわいいとは知らなかった。

お料理と言えば先週の金曜日に、ずっとお会いしたかった「ギオ恵子さん」
にトリノで会ってきました。「主婦の友社」から出ている、イタリアに住んでる主婦の人が書いた「私の台所から」という本を、まだ日本にいた2年半程前に銀座の教文堂(たしか)で見つけて、何かうそくさい料理の本が多い中で、イタリア料理なんか絶対に絶対に作らない私が、おもしろそうだなあと思って買ってしまった本でした。

ひしこいわしの塩漬け、とか、ズッキーニのリゾットとか、
いつか作ってみよう、と思って見る、というよりも、
本を開くとなんかイタリアの匂いがしてくるような、「匂いをかぐ」ためによく寝る前に見ていたものです。。

高田馬場、文流社の西村さんの書いている前文も好きで
よく読み返していたのですが、その後翻訳の方を紹介してもらったり、
全くおせわになってしまって、一冊の本がつなぐ縁というのもすごいものだと思ったりします。

そのギオさんとトリノでお茶して、思った以上にパワフルな方だったのですが、
干物の作り方から梅干しや経済や社会学の話まで、色々なお話をしました。
その話の中でどきりとしたのが
「みんなね、もっと自分の居場所をみきわめるべきよ」という言葉。
ギオさんが今度引っ越される日本のマンションを、いかに苦心して内装したか、
というお話だったのですが、日本だったら「すべておまかせ」多少気に入らなくてもまあいいか、
ですませるところを、水道の蛇口から、防風シャッターから流しのざるまですべて職人たちに指示して自分の希望を実現していくギオさん。自分の場所を勝ち取るってのはすごいことだよなあと思ったのでした。

どきりとするのはなぜかというと、私もこのパオラの部屋から出よう出ようと思いつつ、なかなか出られないでいるからです。
「ますさん」を作り終えた時点で「出ます宣言」としているのだけど、
その後あてにしていた空き部屋がふさがったり、「獅子座とはもう少し一緒にいなさい」なんて星占いに書いてあったものだから、ずるずるとこの家に残ってしまって。。
2人で暮らすにはいいこともいっぱいあってそれは捨てがたいのだけれど、私の場合夜料理できなかったり、好きな時に人を招待できなかったりすることは、なかなか都合が悪いものです。

そして何より、あまりに居心地のよい所にいすぎると
外に出なくなったり、ついぬくぬくとしてしまうのが好きじゃない。

別れられない夫婦のようだな、なんて思いながら
でも日本と同じく前金、敷金制度のしっかりしてるイタリアでは
部屋を借りるのも楽ではなく、「外国人」の私としては居候している方が金銭的にも楽は楽です。

みんな自分の場所をみきわめるべきよ、というのは、たわいもない、
洗面台の下の水道管の形にこだわったり、台所の流しの網にこだわったりすることなのかもしれない。自分が自分であることをごまかさず。

小さなことでもパオラははっきり言います。ここはこうしてほしくない、とか
電気は消して、とか。それでもイタリア人にしてはものが言えない方だと
自分では言ってますが、それにくらべて私ときたら「まあ許せるかな」と
多少嫌なことも我慢してしまう。

そんなことを考えつつ、今日母から届いた荷物を開けていたら
出てくるは出てくるは、使いなれていた「きゅうす」やら
古道具屋で買った「ごはん茶碗」やら
それから宮沢常一という人が書いた「忘れられた日本人」。村の老人などから聞き書きした本なのですが、開いたとたんにぐいぐいと読んでしまう。
白玉粉の袋がやぶれて、ほとんどの本が白玉粉だらけになっていたけれど、
それをベランダではたきながら同封の柿のタネを食べて、
なんか長い一日だったなあなんて、20時前のまだ明るい空を見ました。

その茶色い、色の変わったきゅうすは、結構大事に使っていて、
代々木上原のお茶屋さんが「使うたびに色が変わっていくよ」と言ってたもの。
実家に来てたヘルパーさんがきゅうすのふたの頭を落としてしまって、
ふただけは別物なのだけど、いつもそれでお茶を飲んでいたのでした。
それを見ると、なんか自分が帰ってくる気がして、
ちゃんとこのきゅうすと暮らす生活しよう、と思ったのでした。

今までは紅茶用の茶色いこびんで緑茶をいれてました。それはそれでよかったのだけれど。。

ちなみにそのギオさんのマンション、防風シャッターのHPに出ています。
http://www.touei-sangyo.co.jp/photo/juku_situnai.html/
最終的には職人さんたちも大満足して、様々なHPの広告に活躍しているとか。。

結局4時間あまりも夢中でお話してしまった夕方でした。

合間をぬって書いた「イタリアに謎の幾何学模様現れる」が日刊ベリタに
昨日から出ています。http://www.nikkanberita.com/
書いたものが半分くらいに削られて載ったのに、ヒット数が多いのは
題名がセンセーショナルなせいか。。
謎の幾何学模様、とは「ミステリー・サークル」のこと。
近郊の麦畑に現れた不思議な円は、上空から見るとなかなかきれいでした。
ウルトラ・ライト・モーターズ(2人乗り軽飛行機)の資格を最近とったジョリートさんの飛行機に、決死の同乗をして見てきたものです。
数日後「試験があった」というから「なんの試験だったの?」と聞いたら
「同乗者をのせるための資格試験」。
私が乗った時は、まだとなりに誰か乗せてはいけなかったのね。。

というわけで生き延びてよかった。(風があって恐ろしかったのでした)

それではまた、 日本の予定は追ってまたお知らせします。

脇山みのぶ

2004年06月09日

ぼうずに戻る

サルデーニャから帰ってきてはや1週間、帰ってきてから3日後には国民の祝日「リパブリックデー」がひかえていたので、休日気分が長引き、やらなければいけないことだけはたまる一方。

ローマは友人フランチェスカの結婚式へ、日本人のだんなさんとついに結婚することになったフランチーは結婚式前日に熱を出して、当日10錠ほどの薬を飲みながら背骨をぴっしり立てて結婚した。

すべての様子をカメラにおさめ、無事に式が終わった後フランチェスカはついにダウン。病院へ。家族のみなさんは当然ながら毎日心配で、私はそれを感じつつもローマの少し暑い気候とあたたかな太陽でブラにいるときよりはリラックスした日々でした。けれどもある助成金募集のしめきりに向けてフランチェスカのうちで計画書を書く毎日。それが終わった5月20日には、やっと観光できる、と思いました。

そうして見たサンピエトロ大聖堂は、なんだか人が多すぎてちっとも教会に来ている気分がしなかったのだけど、まあ大きさだけは確かにすばらしい、と。私はどうも大きいものが苦手です。ローマは壮大ですばらしい、とブラの人もみんな言うけれど、私にはピンと来ない。

その後行ったサルデーニャ島は、北西部で働くジャンルカ君と、南北部でドキュメンタリーを作っているアントネッロ君が目的だったけれども、以外にもサッサリの街が楽しめた。サッサリは普通の街できれいじゃない、海辺に早く移動したほうがいい、とはサルデーニャを知る人たちのアドバイスだったが、私にとってはサッサリがいちばん。なぜなら、たくさん小さな教会があって、街のまんなかの「チェントロ・ストリコ」(歴史地区)はまるで迷路のように石畳の道がくねりまわるという空間である。毎日のように、細い路地を行ったり来たりして時空間をタイムトリップした。

ジャンルカとジャンルカの奥さんのジョルジアは、生まれたばかりの3ヶ月の赤ちゃんがいる。忙しい中、毎日3人で色々なところに連れて行ってくれた。がけっぷちの海をみおろす岬とか、絵描きのお父さんのジャンルカの実家とか。サルデーニャの人は、最初はとっつきにくくても仲良くなるととても良くしてくれる、とミラノの人から聞いていたがまさにそのとおり。サルデーニャの観光のために働くジャンルカはいつもスペインやらフランスやら飛び回っているけれど、いつかサルデーニャにも日本人がいっぱいきてくれたらいいのに、と言っていた。

もうひとりの目的アントネッロ君は、なにやらワイルドなお兄さんである。
数々のののしり言葉を1分おきに繰り出す彼は、私には何やらイタリア語が難しくて聞き取れないのだが、ドキュメント制作者はまともでない、にさらに輪をかけるかんじ。「山の声」の静かな映像からは想像がつかないよね、と言うとあれはあれでオレはオレだ、という。でもそんな彼も、携帯のメールとなるとなぜか優しいのだからよくわからない。きちがいで真面目でなけりゃ、こんなことやってらっれかよ、と私に言う彼は、会って間もない私にさあ日本でドキュメンタリーを作ろう、と明日にでも飛んできそうな勢いだ。

何はともあれ、「山の声」を日本で見せるという話には彼もOKしてくれる。

その後行ったアルゲーロという海辺の街は、みんながきれいだというお墨つきの観光地であったが、どうも私にはなじめなく、海辺でぼーっとするのがまあ楽しいか、という程度。
教会やチェントロ・ストリコもサッサリほどにはおもしろくない。なにせ、すでにドイツ人やイギリス人のバカンス客がひしめいるのだから。

それでも、なんだかおもしろかったのは、ベルリンから来た「鼻と喉と耳」のアレルギー専門医と夜ご飯を食べたり、その帰り道にスエーデンの国営放送クルーと知り合ってなぜか皆でわいわいと夜の海辺を散歩したこと。それから宿に来ていたイギリス人の家族とロンドン直行ティーバッグでお茶をしたこと。観光地は国際交流の場所でもあったのね、と思った不思議な日であった。

サルデーニャ島からジェノバに向けて船で帰る。それが距離的にも一番ダイレクトで早い方法だから。一晩かけて乗って、朝にはもうイタリア北西部、ピエモンテ州近く。その日の午前11時にはブラに着いていた。

何も変わらず、ブラは毎日がすぎている、、と思いきや、あら新しいジェラート屋さんが。。
1、2週間家をあけると色々な店が入れ替わっている日本の街の、まるでそんな感覚を一瞬思い出したが、でもブラの街にそれほど商業の移り変わりはない。

帰ってくれば、パオラとまた前のような生活、サラダやトマトやりんごを食べ、そういえば最近チーズも食べ始めた。来月にはチーズ屋のジョリートさんが日本行きを決意したこともあって、チケットの手配や、帰ってからの企画の話でメールチェックに忙しい。
ジョリートさんは仕事にほとほと疲れながらも、日本行きでどのようなことがあるか、それから彼にとっては半分バカンスなので「チ・ディベルティアーモ」 楽しむぞ、とジョリさんらしく、いくら仕事がハードであっても楽しむ心は絶対に忘れたくないのが心情なのだ。

かという私は、スローフードの「食の大学」の記事が終わらないのと、「知れば知る程書けなくなる」混乱状態におちいりつつ、半ばうっくつしながら今日となり、ついにはパオラの美容院に行って1ヶ月ぶりに髪の毛を切ってもらった。丸坊主に近いくりくりの状態になり、すっきりといつもの私だ。「勇気を失わないように」との美容院の雑誌で星占いを読みながら、そんなこと言われてもねえ、力が出ない時には勇気がなくなるってものよ・・と、でも丸坊主になったら少し勇気が出たのでした。

そんなこんなで、力を少しとりもどしづつ、今日は街のディスコが夏休みに入る前の最後のオープンなので、夜中すぎには行ってみよう。パオラは今から肉を焼いてビステッカ(ステーキ)を食べると言っています。肉の産地であるピエモンテ州はとても牛肉がおいしく、パオラは時々肉が食べたくなるらしいです。私もごしょうばんにあずかろう。

明日はスローフード協会の新しいイベント、”スローフィッシュ”に行ってきます。
朝8時のバスに乗っていくのは、ディスコ明けの日曜にはきつい。でも明日しか行ける日がないのです。

ーーと書いた後、何日間もほっておいたので、もうすでに水曜日になってしまいました。書いた後見直さないとアップできない性分なので..。
ベルリンのアレルギー専門医クリスから電話がありーー彼は自家用飛行機で旅行をするという変な人なのですがーーサルデーニャ島のアルゲーロで撮った私の写真を彼のサイトにアップしたとのこと。
http://www.do27berlin.de/
小型飛行機に興味がある人は必見です。しかし、私はどうしていつも中年男性に好かれるのだろう。かつ、female secretとはなんぞや?

ではまた、、


脇山みのぶ