ブラにて
24日にこちらに着いてから早2週間が過ぎました。
道路の上にお花形の電飾がついている他、たいして変わりもないブラは、
クリスマスとお正月と1月6日のお祭りを終えて、1月9日の今日はようやく普通の生活に戻っています。
日本で走り回った1か月を終えて、12月25日には同居人パオラの家族と
ご飯を食べ、(こちらでは24日の夜ご飯より25日のお昼ご飯の方が大事だそうです)
パオラのお母さんとパオラのお姉さんと、そのだんなさんと8歳の息子のキキとぼおっとソファでテレビを見て、もちろんその前にクリスマスのごちそうを食べて、それももちろんおいしかったのですが、
なんだかこうしてみんなでぼおっとテレビを見たりすることが、かけがえもなく大切なことのように思えました。
美容師のパオラは、年末の忙しさとこのクリスマスランチの準備で疲れぎみ、
(少しずつ少しずつ作って、1週間はかけています。)
私の方は、日本とイタリアの行き来や寝不足でぐったり、その後の2、3日は
なんとなくぐったりして、クリスマスって晴れた空を見ながら
ぼおっとする、こんなものだっけな、なんて思いました。
疲れている時に無理して何かをするとうまくいかないものだけど、
体がすっかりよみがえる前に、日本から持ってきた外付けハードディスクを
コンセントに差し込んでみたところ、白い煙が出てきたではないですか。
後で、 “Mia cavo ha fumato.." ミアカーボアフマート、私の電気コードが
煙を吐いた、とイタリア人に言ったら、何のこっちゃと笑われました。
日本から持っていった電気製品を使うのに、変圧器をかけるなんて全然知らなかったのです。
とにかく、ハードディスクの中のデータが死んでいないことだけを祈りつつ、
変圧器を持っている日本人を探しました。。
何はともあれ、まずはミラノに行って、滞在許可証の申請に行かなければなりません。
なんせ到着後8日経てば、受け付けてくれないのですから。、
ミラノの空港からブラへやって来たのに、またミラノへとんぼ返り、電車でトコトコ、雪の降る日曜日に都会へ向かいました。
ミラノのクリスマスはそれなりに盛大だったのでしょうか。
大通りにはブラの電飾よりも大きくて美しいものがぶらさがり、
日本ではお正月の呼び込みの時期だよなあ、なんて思いながら
こちらのクリスマスが12月末までにも後を引くのが不思議なかんじです。
いつまでもサンタクロースや、クリスマスツリーが飾ってあるのですから。。
ミラノの私の“お世話係り”は小さな宿をやっている「ヴァレンティーナ」です。
「ミノブはどこにいるんだか全く予想がつかない」と言いながら
彼女の家の鉄格子の扉の前で出迎えてくれました。相変わらずそうじと洗濯と
英語でかかってくる予約の電話にてんてこまいです。
滞在許可証は、ラッキーなことにも入国管理局で
3時間ぐらい待つだけで終わりました。手のひらにインキを塗られて、スタンプさせられるのは初めての経験で、とても嫌なものだと思いました。アラブ系の人やアフリカ系の人、ルーマニアの人、家族連れや夫婦たちが管理局で列を作っています。
そして変圧器の問題と、それから「かぼちゃ」のイタリア語翻訳をやってしまわなければなりません。
なんてったって、チネマコルトinブラのしめきりは12月末、それが1月末に伸びたとは言え、のんびりしてると何も終わらない。
でも、半徹半徹でイタリアへ飛び入った私に、映画祭のダイレクターのステファノは
「急いで作るより、ゆっくり作っていいもの出してもらった方がいいから
もう徹夜しないように」、と久しぶりに会って話した夜に言いました。
イタリアっぽいよねー、そういう考え方、なんて思いながら、ちょっとにんまりし、
でも徹夜しないと集中できないこともあるし、
そして同時に、確かにゆっくり作った方がいい時もある。
ぐっと日本でがんばった後にこちらに来たのは、そういうゆっくりした中で
どういう風にものが作れるか、試してみたかったのもあります。
だから「あせるな、あせるな、、、」
と思ってるんだけど、さすがにコンセントから煙が出たり、メールがつながらなかったり、更にはコンピューターの再インストールディスクが1枚足りなかったり、
いろんなことが起こると、ちょっと大丈夫かしら、と思います。
新年あけて、もう一度ミラノへ行き、日本人のマックユーザーの方を探し出して、
なんとか再インストール問題を解決しました。
そして「かぼちゃ」の翻訳も、知人の紹介で初めて会った「キアラさん」にすぐさまやって頂き、なんと変圧器は彼女がかしてくれました。煙を出したコンセントは代わりのものを日本から送ってもらうことになりました。そして、最大案件だった「プロジェクター」、電気工の「ベッペ」が一緒に隣の街まで明日見にいってくれます。
ゆっくりだけど、進むときはぴゅっっと進む、イタリアのこのオーガナイズ方式が
ようやくまたじんわりと身にしみてきたところです。。
明日から1日2日、ブラから逃げて、
近くの田舎で集中しようと思います。
ブラに来ると、しょっちゅう誰かとご飯を食べて話しばかりしているような
かんじです。誰や彼やが周りにいて1人の時間がなかなかとれません。
パオラがうちにいればパオラと話してしまうし、夜は夜で、街の老人会ーーチルコロ・コットレンゴ、というブラのコットレンゴさんという人が昔作った「集会センター」のような所で一人暮らしのおじいさんたちが毎晩ご飯を食べているのですーーへ行って、
、、とにかくいつもご飯を食べているのです。
といっても、「ごはん」めし粒、はあんまり食べていません。
パスタやサラミやチーズやワインを、ブラの人たちは多く食べているので、洋食が体に合わない私はいつもおなかをこわしてしまいます。
クリスマス、年末と、お腹を下しきった果てに、自分の料理したものと自分の体に合うものをちゃんと選んで食べよう、と決意しました。たとえみんなと一緒に食べていても、です。そうじゃないとここで生きていけない。。。
というわけで、チルコロに行くときもびんづめのツナを持っていったり、パオラと食べるときもみそ汁を飲んだりしています。
お正月はこぶ巻きと栗きんとんと黒豆の代わりにひよこ豆をゆでて食べました。
いろいろな人と再会して、やっぱりうれしかったのは、チーズ屋のジョリさんや
電気屋のアルマンドや、若い友達のフランチェスカやコリーナが、みんなみんな会って喜んでくれることです。
この街にはいっぺんに連絡しきれないほど知り合いがいるけれども、歩いていればみんなに少しずつ会えるだろう、、とゆっくり考えています。
ジョリさんは年末の忙しさと寒さで持病の腰痛がひどそうだし、アルマンドもクリスマスのプレゼント交戦ででお店が大変だったそうだけど、新年はみんな休養したのではないだろうか。。。
さて、夜は9時15分、パオラが近郊のトリノから帰ってきて
夜ごはんを食べはじめました。私も何か食べよう。。
彼女は一週間に3回はトリノへ車で出かけて、カウンセリングを受けています。
私は明日がはやいので、そんなにたくさんは食べないつもりだけれども
お腹が空いているので食べてしまうかも。。乾燥きのこを水にひたしておいたので
スープを作って、パオラのじゃがいもピューレをもらいます。
それだけにしなければいけません!チーズとかワインはしばらく禁!です。
おやすみなさーい
みのぶ
その後追記
そして結局食べたものは、、
1 パオラのじゃがいもピューレー(いわゆるマッシュポテト)
2 パオラのおかずの蒸した冷凍魚、と昨日の老人会の残りのサラミ1枚
3 パオラの常備食 オリーブオイルで練ってある、パンみたいなさくさくしたもの
4 朝ご飯に食べる用のビスコッティ2、3枚(ラスクみたいなもの)
5 生のにんじん、ナイフで削ってがりがりと
6 だしとしょうゆにつけておいた生タマネギ
7 食後に殻付きのクルミを割って食べた
8 りんご
9 お茶
要するにお腹も空き過ぎて、そして時間も遅すぎて、
麺やごはんを用意する間もなく、ほとんどパオラのおかずをもらって、
いろんなものをつまんでしまったのでした。
食べながら、同じく腹ぺこのパオラと(彼女は仕事のある日は忙しくて
ほとんど昼ご飯が食べられない)
精神的に状態が悪いとはどういうことか、なんてディープな話をしながら
何だかもりあがって、何を食べているのかさえよくわからなかった。。
いちばんおいしく感じられたのは、マッシュポテトと
今日市場で買った殻付きクルミでした。
キロいくらだったか忘れてしまったけれども
スーパーで売っているものより格段においしそうだった。
こちらではよくみんな殻付きクルミを殻割りパンチで割って食べています。